祝・竹久夢二サイダー発売
ごんぱち
昼休み、自分のデスクで四谷京作はパソコンの画面を眺める。
「ふうむ、なかなか面白そうだな、へー」
「どした、四谷? 隣の垣根に野バラでも咲いたか?」
マグカップでコーヒーを飲んでいた蒲田雅弘が尋ねる。
「どう返せばいーんだ、それ」
「質問に質問で答えるなと、学校で習わなかったか?」
「いや……別に習ってない」
「だよなー。あれって、フルメタルジャケット辺りから発祥した、極めて偏った教官による横暴なルールのような気もするな。実際、質問の意味がよく分からん事ってあるし」
「うむ。教えることは教わる事とも言うし、質問者が聞き返されるリスクを覚悟しないのはむしろ甘えと言えなくもない」
「だろう」
蒲田は、空いたマグカップを手の中で転がす。
「何見てたんだ、四谷?」
「いや、ニュースをな」
マウスを操作しながら、四谷は答える。
「お前が?」
「凄いだろう、世界情勢の事を知りたくてな」
自慢気に四谷は胸を張る。
「……凄くはねえよ、社会人なんだからニュースぐらい見るだろ」
蒲田は画面を覗き込む。
「金沢の観光協会が、竹久夢二サイダーを発売? へー」
「村おこしの一環らしいな」
「金沢は村じゃねーよ。もう少し都会だよ、多分。行った事ねーけど」
横からキーボードに手を出し、蒲田は記事をスクロールさせる。
「ふむ、ラベルは竹久夢二の絵から取る、と」
「そうらしい。言われてみると、何となく竹久夢二の絵はサイダーのラベルには合いそうな感じがしないか?」
「うむ。大正浪漫、モボとモガが小粋なカフェで飲む-ダヰサって感じだな」
「然り然り、浪漫浪漫」
二人は頷く。
「思うんだけどさ」
四谷が形にならないものを掴むような手の構え方で言う。
「なんだ?」
「竹久夢二の絵って、こう、いかにも竹久夢二、って感じするよな。ぬるっとしてるっていうかなんていうか。まあ、夢二成分の方が支配的なんだけどな」
「あー、分かる。ギーガーがギーガーな感じとかな」
「そうそう、それからパブロ・ピカソがやっぱりピカソな感じとか」
「横山大観とかな!」
「雪舟も雪舟っぽくね?」
「でも、レオナルド・ダ・ヴィンチはちょっと違う感じだよな」
「ゴッホも、ゴッホかというとなんか違うな」
「ジャコメッティは、あんまり細い感じしないよな」
「ああ、ムキムキの方がむしろ名前には合ってそうだな」
二人の様子を向かいのデスクからじぃっと近藤千早が眺める。
「……あんたら、もー、結婚とかしちゃえよ」