第31回1000字小説バトル Entry26
寒さに耐える小径の草が、低い陽光をほんのりと受けて、薄い狐色に輝きながら風に揺れている。
私が幼い頃に歩いた時と同じ。何も変わらない風景。今は懐かしいと感じるよりも、ただ淋しい風景に見えてしまう。家を飛出した頃の強情な私は、こんな風に此処を歩くなんて考えてもみなかったからだろう。
最後に父と一緒にここを歩いたのは、祖父の納骨の日だったろうか。
春の暖かな土手にはナズナとタンポポが所狭しと咲いていて、小さな田圃が淡い赤紫色に輝くと蓮華の甘い香りが広がった。お墓の周りを賑わう花々がとても綺麗で、幼い私は何も分からずに楽しんでいたのかも知れない。そんな中、お墓の横に植えられた椿だけは好きになれなかった。濃い緑色の葉っぱがやけに生々しく輝いて、私を近付けようとはしない感じがしたからだろう。父はそんな私の肩を抱き、微笑みながら何かを言った。
納骨を済ませたお墓の前で、祖父とのお別れをと父は私の両手を合わせた。その時の父の横顔は淋しそうにも見えたが、とても優しい顔だった。
(あの時父は何と言ったのだろう)
今となっては遠い記憶の底に沈められ、私一人では分からなくなってしまった。
「ママ、お爺ちゃんはココに住んでるの?」
不意に息子の握った手が下に引き寄せられた。私はその手を握り返すと軽く頷いた。
今度は紅い花を指差して「何の花?」と聞いてきた。
「椿って言うの。紅い花が綺麗ね」
そう言って、また私は父の言葉を考えた。
(椿が嫌いと言った私に向って父は何と言ったのだろう?)
「ツバキか、キレイだね。ほらあのアカイお花ママに似てる」
息子の言葉に私は驚いた。(似てるって?)そして、父の言葉が急に聞こえた。
『ユキ。お前もあの強情そうな葉に似ないで、紅い花の方に似るといいんだけどな』
……そう、父はそう言って笑ったのだ。
後ろから追いついた主人が私の肩に手を掛け、静かに黒い墓石を見ながら言った。
「とうとう身勝手な俺達を許してもらう事も出来なかったな……」
その主人の言葉に振り返りゆっくり微笑むと、もう一度椿を見つめた。
奇麗な緑色の葉を輝かせ、紅い花弁が微かに揺れている。その椿の下で三人一緒に並び、父の前に座った。
私は父の言葉を心の中でくり返した。
(……強情そうな葉に似ないで、紅い花の方に似るといい……)
「ほら、お爺ちゃんに、初めましてって。挨拶をしなさい」
そう言って、私は息子の小さな両手を合わせてあげた。