昔、ある国で暴れ猪が出ました。
あまりに強く、誰も仕留められる者がいなかったので、王様は猪を狩った者を王女様と結婚出来るというお触れを出しました。
「――これは見事、見事に仕留めた!」
男が持って来た猪の死体を見て、王様は褒め称えます。
「槍でひと突き、その他の場所には傷一つない。知恵と勇気がなければ、とてもこれ程見事に仕留める事は出来まい」
「いえ、これも弟の犠牲があったからです」
男は俯きます。
「弟が後ろから矢を射かけて気を引いたお陰で、猪は振り向き槍を刺す隙が出来たのです。弟の墓を作って頂きたい。死体はありませんが、どうか!」
「むむ、知恵と勇気だけではなく、謙譲と慈悲まで備えている。これは正しく王女の婿に相応しい! 貰ってくれるな」
「勿体ないお言葉でございます。弟の分まで王女様を幸せに致します」
男は王女様と結婚しました。
飲んだくれて暴れる事もありましたが、王様も家来も「あれぐらいの方が元気があって良い」などと言って許していました。
そして何年か経ったある日。
橋の上を羊飼いが通りかかりました。
羊飼いは、川に白い物があるのに目を停め、川に降り拾い上げます。
それはひとかけらの骨でした。
「大きな骨だな、羊か、牛かな? でも丁度良い」
羊飼いは橋の縁に座って、骨を削り角笛の吹き口にしました。
そして試しに吹いてみます。
『兄さんがぼくをだまし討ち
殺して猪もってった
今では国の王子様
弟のぼくは橋の下』
何度吹いても同じ声。
何度吹いても同じ節。
羊飼いは不思議に思いながら、橋の下を掘り返してみると、そこから男の弟の骨が出て来ました。
羊飼いは、王様にこの話を伝えました。
王様には、思い当たる事がいくつもありました。
猪の傷と、男が話した内容が違っていました。
この数年見ていて、男がそれ程勇気のある人間には見えませんでした。
その上、弟の骨と骨笛の歌です。
王様は男に問い質しました。
最初は知らないと言っていた男ですが、弟の骨を見せられ、歌を聴かされ、ついに観念して白状しました。
男は袋詰めにされて池に沈められる刑罰を受けました。
弟の骨は王が入るのと同じような立派な墓に埋葬されました。
「それで……」
窓の外を眺めながら、王女様は呟きました。
「わたくしの立場は、どうなるのでしょうね」
大きくなり始めたお腹をさすり、自嘲気味に笑いました。
夫と、少し似た笑い方でした。