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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage3
第14回バトル 作品

参加作品一覧

(2010年 9月)
文字数
1
小笠原寿夫
1000
2
石川順一
1058
3
(本作品は掲載を終了しました)
ウーティスさん
4
アレシア・モード
1000
5
ごんぱち
1000

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冷麺
小笠原寿夫

 予てより心待にしておりました暑い夏。甲子園球場にかち割り氷に応援歌。高校球児たちが校章旗。愈々、この日がやって参りました。
 そのようなアナウンスが流れるテレビを背に汗をかきながら、麺を湯がく。黄色い生麺を氷水に通し、皿に盛り付ける。卵を溶き、四角いフライパンにそれを流し込み、両面焼く。生ハムと卵を千切りにし、胡瓜を細切りにする。トマトを八方切りにする。
 錦糸卵、生ハムの千切り、胡瓜、トマトの八方切りを上手に四方に盛り付ける。冷麺のタレをまんべんなくかければ、美味しい冷麺の出来上がり。冷やし中華というのが通称だが、関西では、冷麺と呼ぶ。
 通例では暑い夏の風物詩とされ、「冷やし中華始めました」という幟も立てられる程である。その幟を見るだけでも涼しげな空気が流れる。
 つるつるの麺の喉ごし、新鮮なトマトの冷たさ、胡瓜のシャキシャキ感、錦糸卵の仄かな甘味、生ハムの柔らかな舌触り。それを包み込むようにタレをかき混ぜ、麺を啜ると、協奏曲を思わせる心地よさがリズミカルに脳を癒してくれる。冷麺(敢えて冷麺と書く)を喰いながら、野球中継を観ていると、夏の高校野球選手権大会は、今年の優勝校はどこに当たるのか、なんてことを思い出す。ここ数年の野球人気のなさに朧気な憂いを感じつつ、それでも夏の甲子園を思い出す。
 冷麺と麦わら帽子を見ると何故か、あの日の直射日光を懐かしみ、また来年の夏の風物詩を思うばかりである。

 初めて見るスイカを不思議そうに眺めながら、この夏の終わりに昨年のこの季節がもう一度、脳裏に一瞬、甦る。
 冷麺にスイカ、それからスイカの種。麦わら帽子をカンカン照りの日差しの中で農作業をしているとあの日の高校球児たちが何を思い、プレーしていたかなんて忘れてしまうくらい、精神が研ぎ澄まされる。
 この畑一面のトマトの集穫量を見ると、今年も野菜は値上がりか、などと感じてしまう。年々、増加傾向にある農家の数と反比例するようにして、トマトの集穫量と物価は下がる。
 食卓にトマトが上る頃には、暑い夏の甲子園で、ずっしりとしたストレートがバッターボックスの打者のバットが空を切る。
 今年の夏はまだ始まったばかりである。
 もっともこの作文が発表される頃には、アブラゼミが鳴いている頃であろう。
 夏の落語「千両みかん」ですら、今となっては通用しなくなった。便利がよくなると古いものは廃れていくのが世の常である。
冷麺 小笠原寿夫

ドライ・イストワール(3個の物語)
石川順一

 1 今日も休耕田にやって来た。大雨の後で畝の下にたくさん水が溜まって居る。この休耕田は既に稲が育てられないので、山の様な畝が作られて居るのだ。私の父の伯父たちが作った狭いが、我が大地。私にとっては大伯父にあたる人たちの悠久の営みに頭が下がる。銀行をハングル語で発音するとウンヘン(実際はウネンと発音されるだろう)だからこんなに大きな畝を作ったのだろうか。しかし作物を育てるには合理的に出来て居る。排水に優れ多少の大雨などものともしない。
 私はこの大地の狭い区画を借り受けて、今小豆を育てて居る。庭で育てて居るのとは格段に葉の育ち具合が違う。ふさふさで大きい。草を抜き、アブラムシを草の穂で追い払い、洗剤や植物オイルを混ぜた液体を吹き掛けて小豆の茎や花やせっかく付けた実を食害するアリマキを絶滅させた。

 2 ナマケモノと綽名されたおばあちゃんが焼き殺された。スーパーのカゴを4つ程並べてその上で昼寝して居た所を、少年たちがおもしろがってバカにした。
 よっぽどそのおばあちゃんはその日腹にすえかねることがあったのだろう。ぼけなすがこのごくつぶしどもがと考え付く限りの悪口を少年たちにヒステリックに喚き立てた。
 そして少年たちも黙っては居なかった。しかも少年たちはその時に限ってライターと灯油を持って居た。なにを!!ばあさん、もう一回言ってみいとすごんだ。
 おーおーおー、何べんでもゆーたるわ、ごくつぶしごくつぶしごくつぶしっ。ごくつぶしったらごくつぶし。
 ばあさん、ええ根性しとるなあ、おいおめえら、このごくつぶしばあさんを燃やしてやって頂戴よあふーんと少しかまっけのある少年たちのボスの命令でおばあちゃんは燃やされて灰になって仕舞った。

 3 ナマケモノと綽名されたおばあちゃんが焼き殺されてから長い時の流れを経て少年たちの公判が始まり判決が下った。
 少年たちのボスに懲役12年、他の少年たちにはそれぞれ懲役3年から10年の不定期刑が言い渡された。
 遺族側はいきり立った。人を焼き殺しておいてそれぽっちの刑とはなんと人倫にもとる事だ。
 しかしいくら遺族側がいきり立っても少年法に守られた少年たちにはこれが精一杯の科刑であった。検察側も現在の法体系では、これ以上の刑は無理だし控訴すらかなわない。
 実はナマケモノばあちゃんは、せこい綽名を付けられてバカにされて居たが、ビジネスの世界では金満ばあちゃんの綽名のあるやりてで不幸な死に方をした場合に逸失利益を過大に期待できる人なのであった
 今度は民事訴訟だと遺族側は息巻いて居る。
ドライ・イストワール(3個の物語) 石川順一

(本作品は掲載を終了しました)

おめでとう、ご長寿
アレシア・モード

 藤原さんの家の玄関は陰鬱だ。特に今日は陰鬱だった。
「自治会の者ですが」
 私――アレシアは、覚悟を決めて奥さんに言った。
「お爺ちゃんに敬老の日のお祝いで」
「あ、恐れ入ります」
 私は紙袋から祝い品を取り出しかけ、止める。このまま渡せないのだ、今年は。
「お爺ちゃんに会えますかぁ」
 私はこの家の爺さんを見た事がない。
「いま隣の部屋で休んでますので、ちょっと」
「――少しだけお声を」


 奥さんは一瞬嫌な顔をしたが、咳払いをし「おじいさーん」と声を上げた。静寂が続き、有るとも知れぬ反応を待っていたら、いきなり壁からごとん、と音がして少し驚いた。
「ほら、元気です」
「ネズミ?」
「何てことを。お爺さん、1足す1は?」
 ごとんごとんと二度音がした。「計算もできるほど達者ですわ」
「――訓練されたネズミ?」
「お爺さん、90と8の最大公約数は」
 ごとんごとんと音がした。
「いや、同じ答えだし」
「文久三年生まれとしては驚異的かと」
「そう、今年で二百四十八歳なんですよね」私は腹を括る事にした。
「あのね、人間がそんなに生きるわけ……」
「黙って!」
 奥さんの顔色が変わった。そのとき背後で大きな音がした。見ると花瓶が砕けていた。
「私、触ってないよ?」
「ええ、それはお爺さんの怒りです! もう帰って下さい」
「帰ってもいいけど祝い品は出せないよ」
『ぶおご』
 呻き声がした。家が微かに揺れ出した。
「お爺さんは祝い品が楽しみなの! 命が惜しくば品を置いて帰れ」奥さんの目が吊り上がっている。
「これしきの怪異で退散できるか」
『ぎぃば、ごすっ、めり』
 隣の部屋から異音が響いた。
『がしゅ、ずっ、ごりゅ、ずず』
 何の音か分からなかった。だが想像力を駆使して答えれば、朽ちるほど放置されたカカシ、虫食いの廃材を釘と縄で組んだ骨格、藁と泥とを塗った肌、ぼろ布を巻いた人形が、立ち上がり、足を引き摺って歩き出す、そんな音だった。それは次第に近づいていた。
『ごが、ぐずず、がりゅ、ずっ、ぱき、かしゅる、がっ』
 部屋の引き戸が開いた。
「あっ」
 暗がりの中には想像通りのものが立っていた。『ゲェ』と呻き、欠けた片腕をあげた。埃とカビ臭が広がった。
「えーと」
 私は頭をかいた。
「お元気そうで何よりで。これお祝いです。でわッ」
 外は残暑の日射しで真っ白だった。


「――藤原さん、確認」
 私は名簿を開き、次に訪ねる家の婆さんの年齢をみた。
 この役、来年は断る。
おめでとう、ご長寿 アレシア・モード

村山さんとエルザさん
ごんぱち

「あなただってもう選り好み出来る歳じゃないでしょ?」
 片平節子は出されたお茶を派手な音を立ててすする。
「まだ二〇代前半よ。ねえ、エルザさん」
「ぁお」
 すり寄ってきたエルザの喉を、村山理沙は撫でてやる。エルザはそのまま理沙のヒザに乗り、丸くなった。
「二十四って言ったら、新卒よりも年上でしょう。あたしらなんかの頃はね、そんな歳で独り身だったら、悪い噂が立って外も歩けなかったものよ」
「そりゃあ酷い時代だったねー」
「紹介した私の立場ってものがあるでしょう」
「おばさんの立場ねー。確固たる地位を確立してるよね。若い人見ると、すぐ相手の事も知らずに見合いを世話する、ジャイアントお節介おばさんって。破談率と離婚率の統計、見てみる?」
「にゃあう」
「過去に何人別れようが、問題は今でしょ! なんで結婚しないの! 結婚しなきゃ、人間一人前じゃないのよ」
「一人で道場経営やって、弟子も五十人ばかりいるでしょーが」
「そんなあやふやな収入、いつまでも続くもんですか! 女は結婚して夫からお金を貰うものなの! 女が自分で稼ぐなんて、水商売ぐらいのものよ、汚らわしい!」
「……それ以上ずれた持論を展開するつもりなら、退去を勧告した後に、弟子の警察官を七人ばかり呼ぶけど」
 理沙は黒電話の受話器を手に取る。
「ん……まあ、あなたが仕事をしようがすまいが構わないわよ。相手の方も、仕事をしていてくれるなら、その方が良いって言ってたものね」
「……そりゃそーでしょ。あの人、借金あるんだったわよね、街金に。パチンコで作ったんだっけ?」
 肩をすくめながら、理沙が言う。
「職を変える事四回で今は『ネットワークビジネス』に従事。それから、ヒップホップ育ちで友達はみんな悪そうなヤツで、学生時代は校舎の窓ガラス壊して回って、前の女はおいしいパスタも作れないヤツだから冷凍肉ぶつけて放り出して、二の腕に描きかけで断念したタトゥーがあって、百人切りを先輩の経営するデリヘルでやったようなもん、だっけ?」
「なお」
「あなたね、欠点ばっかり見てたら、相手なんか見つからないわよ」
 節子は戸棚を開けてホワイトロリータを出して食べ始める。
「長所があったっての?」
「あの子シャイだから、言えなかったのね。フフ、これ聞いたら、あなただって考え直すわよ」
「はあ」
「あの子ね」
「うん」
「おばあちゃんのことが、大好きなの!」
「改めて、お断りさせて頂きます」
「にゃん」