「ねぇ、ユキ。覚えてる?」
湯気の立ったコーヒーを持ち上げながら、カズヤが言った。
私が首を傾げると、カズヤはくしゃっと笑顔になって、「夢の話なんだけど」と言う。
私は何の話だったか全く思い出せなかった。
「夢の話?」
「『もしもドリーム』だよ」
「あ!」
その単語を聞いた途端、ユキの脳裏に1つの映像が浮かんだ。カズヤと見に行った映画のタイトルだった。
映画の舞台はベトナム戦争だった。ある1人の兵士とその恋人が、戦争により離れ離れの場所での生活を余儀なくされる。それでも「戦争が終わったら結婚しよう」という約束で2人は固く繋がっていた。そんなある日、離れ離れの2人に不思議な奇跡が起こる。
2人で同じ夢を見るようになったのだ。
ある時は2人の故郷の海辺で、ある時は春の花が揺れる草原で、2人は手をつなぎ、共に夢の時間を過ごした。
「覚えてる。確か、ラストが悲しかった……」
「そうかな?僕はあれはあれでハッピーエンドだと思ったけど」
映画の終盤で、その兵士は銃弾に倒れる。しかし、その恋人の夢の中で、彼は生き続けているのだった。
「あれがハッピーエンドのわけない。だって、彼は本当は亡くなっているのでしょう?生きていれば、2人の夢の世界は『奇跡』だったかもしれないけど、彼がこの世の人でなければ、それはただの彼女の夢でしかないもの」
少し興奮して話す私を、カズヤは目を細めて見つめていた。
「あの時も、僕たち、こんな風に口論したんだよ。覚えてる?」
「あ……」
そうだった。あの映画を見た後、喫茶店に移動した私たちは『彼女は幸せなのか』について意見を交えたのだ。私はどうしてもそんな風には思えなかった。例え、愛する人と夢で会えたとしても、目が覚めた後は辛い現実と向き合わなければならない。そんな思いをするくらいなら、どんなに苦しくとも、離別を受け入れ耐えた方がマシだ。
『じゃあ、ユキは、もし愛する人を失うことがあっても、夢でもいいから会いたいって思わないの?』
あの時カズヤは言った。確か『僕なら、会いたいな』って。
私は何て答えたっけ?
そうは思わない、って言ったような気がする。
「カズヤ、私はあの時、何て言った……?」
そう言った瞬間、目の前からカズヤが消えて、代わりに薄暗い部屋が現れた。私の部屋。机にうつ伏せたまま眠っていたのだ。
カズヤは正しい。
私は泣いた。
壁に下げていた喪服が、夕日に照らされていた。