7月26日(火)、21時45分ごろ、私はパソコンに向かってカルパッチョさんが出て来る小説に付いて真剣に考えて居た。もう直ぐ22時なのだが。最近サッカーの無料オンラインゲームのやり過ぎで、22時前後が気になってしょうがない。と言うのも22時を境にして、トレーニング中の選手をトレーニング終了にしておかないと、次の日一日中トレーニング枠が閉鎖されて仕舞うからだ。有料枠を使って回復させることも出来るが私は頑なに無料会員で押し通す事に拘って居た。まめに毎日トレーニングをさせる。一日一人だけだが、忘れる事による穴は大きい、筈だと私はこれまた頑なに信じて居た。どうせ2サイクル終われば選手は居なくなってしまうので、ほんの僅かしか数値のアップしないトレーニングの2つや3つ忘れたとてそう大差は無いと考えることも可能なのだが。
とにかく私はカルパッチョさんが出て来る小説を真剣に考える事で、パソコンの前で腰を痛めて仕舞った。気のヤマイだろうか、そう思う事によって乗り切ろうとした。
その日の夜は22時を過ぎてから大雨が降って来た。台風が近づいた前だったか後だったか、少なくともそんなに離れた日では無かったのだろう。夜の雨は私の心を和ませる事が多いのだが、まあ場合によりけりだ。とにかく短歌でも詠んで見ようかと考えさせると言う点においては、大いになごんでいる証拠なのだろう。和んでいなければ詠もうとすらしないだろうから。
夜の雨私の心を和ましめ超特急の情報伝う
夜に降る雨に読書の好機だと思うほどにも心なごめり
急雨来ていよいよ和む我が心全ての事が所属し始め
私はパソコンの電源を切る。雨のリズムに合わせて調子を取り始め心の調子を整えようとする。
刑法の本は普段は私の心を逆なでする事も多いのだが、雨が降って居れば読めそうな気がしてくる。
同様に普段なら無味乾燥な符丁しか持って居なかった、著名人の名前や地名などにも新たな息吹が吹き込まれ、調べがいのある生き生きと精気のある生き物のように感じられて好もしい。
私はそんな時こそ次から次へと新しい着想が物になる様な気がして心の中で雄たけびを上げるのだが。
結局その日は通り雨の様な大雨で、あっと言う間に止んで仕舞った様だが、家の中に居たので、雨音のしない霧雨の様な雨がずっと降って居たのかもしれない。何れにしろ私はカルパッチョさんが登場する小説は諦めなければならないかも知れないと思い始めて居るのだった。