ひと目で千両を取っていた大変な美人を、二目見た事で気に入られ妻にした男がいました。
男は、金を貯める事にすっかり疲れ果て、更に美人の妻を貰ったせいで尚疲れ、仕事をする気力も起きませんでした。
「……なあ、お前」
針仕事をしている妻に、男は寝転がりながら妻に声をかけます。
「なんです、旦那様?」
「お前が今まで見に来た奴らから取って来た千両は残ってないんか?」
「見世物屋の手切れに全部置いて行ったのではありませんか」
「……せめて五百両、貰って来れば良かった」
男は溜息をつきます。
「安心なさって下さい。私が働いて食い扶持は稼ぎます」
女は微笑んで針を動かしました。
「流石にそれはなぁ……そうじゃ!」
男は妻の手を引いて町へ出した。行き交う人は皆、妻の美しさに目を見張ります。
そこですっと足を停め、男は喋り始めました。
「さあさお立ち会い、ワシの女房はそんじょそこらの女じゃない、ひと目千両で金を稼いでいた女だ! お前たち、見たな!?」
「えっ!?」
「そりゃあ見たが」
「ここは大負けに負けて十両づつにしてやろう! さあ払った払った」
「十両?」
「そりゃべっぴんだけど……」
「四の五の抜かさず払え、さあ払え、払わねば番所に訴えるぞ!」
皆は驚き呆れましたが、本当に訴えられては困ると思う者も中にはいて、男は懐を重くして帰りました。
それから、男は何度も何度も同じ事を繰り返したので、町の人たちは、男が来るなり家にこもるようになりました。
「おい、出て来い、金を払え!」
男は通りに面した家の戸を叩きます。
「ちょっ、待て! オラは家の中にいて、あんたの女房の顔は見てねえだ!」
「何を言っている。窓があるじゃろ。窓から覗けるという事は、払わねばならん!」
別の家に行きます。
「さあ、お前の家も払え!」
「ウチは窓なんかねえ!」
「墨があろうが! 墨があれば、女房の絵を描ける。見たも同じじゃ!」
この調子で、男は全ての家から金を集めてしまいました。
番所に訴える者もいましたが、お奉行は男に金を掴まされていて無駄でした。
町の人たちは、男の事を「絵でまで金をせびるとんでもないヤツだ、あれは人間じゃないヌエのような化け物で血が穢れている」と、言い合いました。
そのうちに、
「絵で金をヌエで血が穢れている」
「絵でヌエ血穢れてる」
「絵ヌエ血けがれ」
「えヌエちけ」
「えぬえちけー」と呼ばれるようになりましたとさ。
どっとはらい。