お酒というものは、誠に結構なもんです。けったいなお酒を呑み出したら、これまた本末な事になってしまうわけなんでございます。
「本日は、誠におめでとうさんでございます。」
「おまはん、こんなところで、おめでとうなんて言ったら、角が立つ。この世界に入って来たからには、親父が、黒と言ったら、白いもんでも黒になると、こう覚えんかい。なぁ、本日は、ご愁傷様です。なぁ、定!情けないやないかいな、我々が、一生懸命育て上げた、身寄り頼りのない子供が、晴れて、入学式や。げに、情けない。」
「誠にご愁傷様でございまして、この度の、子息のご卒業、誠に情けない。」
この二人、酒を喰らいて、寝てしまいます。
「おい、定よ。ええ心持ちがするやないかいな。エェ、定。この世界に入ったら、白いもんも黒や。なぁ、世界の人口が、一人増えても、一人減ったとこう言わないかん。なぁ、こう覚えんかい。」
「つきましては、兄貴。此度は、幾重にも連なった亡者の折、何かと思えば、黄泉の国に入ったようでございます。」
「何を抜かすか、定義。おまはん、黄泉の国に入ったと、こう仰せに塚祀るのでございましょうか?」
「何もし、お腹が減ってよる。経でも唱えんかい。」
「畏まりまして、ございまして、念仏の極みをお聞き頂きたい。」
黄泉の国に入れば、白い物が黒になるどころか、上と下まで、あべこべになるという訳で、兄貴分が敬語を使い、弟分が、癪に障る事を言います。
「定義。本日は、相変わらず、良い心持ち。何分にも変え難き、幸せにございまして、おめでとうございます。」
「おまはん、ここがどこやっちうのを心得てもの云うてんのかえ。ここは、黄泉の国。祝いは禁物や。お前の名前を言え。」
「いえます。」
「言わんかえ。」
「いえます言いまんねん。」
「何や、おまはん、いえます言いまんのかえ。面白い名前やのぅ、え?注がんかえ。」
「はい?」
「注がんかえ、言うたら、自分の頭で考えんかい。お前も身寄りのない、亡者の一人やろがな。せやったら、自分の頭で考えっちうてんねん。」
「退屈で欠伸がでるとは、正にこの事。ほいたら、際なら、というわけで、左様ならば、お出で塚祀ります。」
「ほぅ、面白い。もっと言わんかえ。」
「え?」
「言わんかえ、云うたら、手を上げんねん。癪だせっちゅうとんねん。」
弟分が、お酌をした瞬間、現の世界に舞い戻ります。
「兄貴、本日は、おめでとうございます。」
と、またしくじった。