「おー。来たか」
「お邪魔します」
ここに来るのは久しぶりだ。
「あっこれ、ザッハトルテ」
「おーありがとー」
キミが嬉しそうに受け取る。
「そこらへん座ってて。もう少しでできるから」
「あっうん」
何度も来た部屋だが、毎回部屋中を見回してしまう。
特に変化はないかな。
キッチンに立つキミの後ろ姿を見つめる。
ボクのため、いや、二人のために作っている。
それがたまらなく嬉しい。
しばらくしてキミが料理を運んできた。
「カルボナーラ、お前まだ好きだよな」
「あぁ」
「よかった。あっスープもあるから」
「あっうん」
「熱いうちに食べよ」
久々に食べる手料理。
「おいしー」
「よかった。最近作ってなかったからどうかなーって思ったけど」
「おいしいよ。このスープも」
危うく、ユミちゃんにも作ってあげたら?とか口走りそうになった。
自分からこの話題は持ち出したくなかった。
「あのさ」
「……ん?」
「その……この前話した後輩のことだけどさ」
何を言われるかドキドキしていたが、何となく予想はついていた。
「ちゃんと付き合うことになった」
ボクは視線を落とした。
「あっその後輩のコ、ユミっていうんだけど、この前のデートでお互いの気持ち言って……それで」
「……そっか。よかったね」
唇の震えを抑え、何とか言った。
「あぁ」
少し弾んだような声だった。
「お前の言った通り、冬の海もいいな」
ボクは黙って頷き、何かを払拭するかのようにモクモクと食べ続けた。
「ザッハトルテ食べよ」
カルボナーラを食べ終えたところでキミが言った。
「でもよく憶えてたな。オレが好きだってこと」
憶えてるよ、そりゃ。
「あっアールグレイでいい?」
「うん、ありがと」
男二人で紅茶とケーキ?と思われるかもしれないが、二人とも酒が得意ではなく、甘い物好きだ。
「あぁーうまい」
「よかった」
「で、お前は恋活してんの?」
急に言われ、紅茶を吹き出しそうになった。
「……またその話?」
「いやだって」
「恋愛なんていいよ」
「何だよ」
いいよ恋愛は。
恋してるからいい。
食事の片付けを終え、夜も十時を回った。
「……じゃあ帰るわ」
「えーもう?」
「明日早いし」
「そっか」
ホントはもっといたい。
でも早くこの空気から、現実から逃げたかった。
「外まで送るよ」
「……うん」
いつもは断るが、今日は甘えたくなった。
「ホントごちそう様。おいしかった」
「あれでよかったらいつでも。今度は違うもの作るよ」
そう言ってくれたことで、まだ自分はこの人に必要とされてるんだと実感できた。
「こっちこそザッハトルテごちそう様。うまかった」
「よかった」
「じゃあ今度はお前んちで」
「あぁ、うちでよければ」
自然と笑顔になれた。
「じゃあまた。寒いし気を付けて」
「うん、また」
キミがボクを見送る。
何度も振り返り手を振る。
キミは笑顔で手を振り応えてくれる。
角を曲がってキミが見えなくなった。
こんなもんだ、恋なんて。
立ち止まり、夜空を見上げた。
今日も満天の星空だ。
春ももう近いが、この時期は空気が澄んでいて、星がよく見える。
もうすぐ見られなくなるであろう冬の星座がこちらを見ていた。