「あれ、俺、ライターあれへん!」
「今日は、貸しやで。」
佐藤さんは、そう言うと、おもむろにライターを差し出した。
「ありがとう。」
私は、そう言うと、ゆっくり煙草に火を付けた。
佐藤さんは、言う。
「このライターは、貸しやで。その代わり、大人になった時、俺の願い事、ひとつだけ叶えてくれ。」
私は、二つ返事でOKした。
「ありがとう。」
佐藤さんは、そう言うと、満面の笑みで、ライターをポケットにしまい込んだ。
中学生くんだりが、煙草を吸うのは、生意気だし、校則違反であるのは、分かっていた。それを分かりながら、粋がっていた。
あれから、十数年が経った。
今となっては、良い思い出である。しかし、佐藤さんの願い事は、一体、何だったのだろう。
私は、その事を、そのときが来る迄、忘れていた。
その後、私は、コメディアンを目指し、佐藤さんを、その道に誘った。
「大変や、思うで。」
佐藤さんは、そう言いながらも、承諾してくれた。後に、これが、不幸中の幸いになる。何度も繰り返し、ネタを繰り、公園でネタの練習をしていた。
ある日、佐藤さんが、映画を撮りたいと言い出したのである。その頃、私の動きは、もうコメディタッチになっていて、歩き方から何から何まで、コメディアンの動きになっていたのである。
喋りは、半人前だが、プライドだけは、一人前だった。佐藤さんが、撮った映画が、どの様に、編集されているのか、私は、緊張と不安でいっぱいだった。
いざ、映画公開初日、佐藤監督の舞台挨拶が終わり、私は、スクリーンを注視していた。私が拝見したのは、映画「夢のからくり」。
そこに、映し出されていたのは、若き日の私だった。
「あれ、俺、ライターあれへん!」
ポケットを弄る中学生時分の私の姿が、そこには、映し出されている。佐藤さんには、佐藤さんの記憶として、その思い出が、映像として、蓄積されていたのである。
その後、どこからともなく、漲る自信と希望に満ち溢れた、コメディ映画に、終始、観入った私は、感極まって、嬉し泣きをしていた。
「ありがとう、佐藤さん!」
映画館の中で、歓喜した心の声は、たぶん、佐藤さんには、届いていなかったと思う。
「だけど、ありがとう。」
私は、そう呟いて、晴れ晴れとした気持ちで、映画館を後にした。
佐藤さんは、東京に行き、一花上げている頃だろう。
「夢は見るもんじゃない。叶えるもんなんだ!」
そんな言葉が、まるで魔法の様に聞こえてくる様だった。