白に近い金髪を風になびかせた美少年が私に向かって微笑みかけた。私とあまり年が変わらないであろう少年の笑顔はひどく大人びていて、妖艶さをも帯びていた。
気後れする私にかまわず少年は一歩、一歩私との距離を縮めていく。
まるで、追い詰めるかのように。
左胸が早鐘のように打つ。早く逃げろ、逃げろと警告しているのだ。
何で逃げなければいけないのか私にはわからなかった。でも、私は知っていた。
まだ会ったこともない少年なのに、どうして私は彼を知っているのだろう。わけがわからない。
少年はもう目前まで来ていた。どんなトリックを使ったのだろうか。少年から私までの距離は数メートルとはいえ、あのゆっくりとした足取りでどうやって数秒でたどり着いたのだろう。
少年から背を向け走り去ろうとした私はあっさりと少年の細い腕に捕らえられた。
振り返ったその先には天使のように愛らしく、神に讃えられた美しい少年が居た。
捕まれた腕から伝わってくる『天使』の冷たさが私を震わせた。
滲む冷や汗が背中に嫌な感触を伝わせた。
いくらもがいても捕まれた腕は私の言うことをきかなかった。どうあがいてもどうにもならないという絶望感が私の心臓を圧迫して呼吸が苦しい。
逃げたい、逃げたいのに!!!
「やっと捕まえた。遠くまで逃げちゃうから捕まえるのに苦労したよ?」
鳥が歌うように少年は囁いた。
私はなぜかその先を知っていた。呪われたその言葉。
「嫌、やめて」
お願いだから――――――
「さあ、『 』一緒にに帰ろう」
ピピピピッピピピピッ
「・・・・・・夢か・・・・・・」
いつもどおり目覚まし時計に起こされた朝は今までにないほど最悪だった。
なによりあんな悪夢見たことがない。
私は焼きすぎて固くなったパンをゆっくりと租借し、ジュースの手助けで何とか飲み込んだ。そして何時も通りに母親に文句を言う。
「母さん、パンを焼いてくれるその心遣いはうれしいんだけどこのパン固すぎ!! 」
母さんは悪びれもせず笑った。
「いいじゃない、やわらかすぎるパンに慣れすぎちゃってもしもお客様に出された固いパンが食べられなかったら断れる?これも試練よ、耐えなさい」
なんだか変な理屈だが納得できなくもなかった。
「確かに・・・・ごちそう様、学校行くね」 リビングの隅に追いやられた父親の写真に向かって合掌した。
「ああ、そういえば母さんね」
玄関で靴を履き替える私にかあさんは私の常識の範疇に収まりきらない言葉を口にした。
「私、再婚するから」
「はあ!? 」
「っていうか、しちゃったから。籍、入れちゃった」
嘘でしょ、ありえない。
実際父さんが死んでから一年もたっていない。それなのにどうしてよくほかの男と再婚する気になれたものだ。それより何でその前に一言言ってくれなかったのだろう。
母さんにはあきれてしまう。
「それとね、向こうの方にもあんたと同じくらいの息子さんがいるのよ」
「・・・・・・え?」
一瞬、寒気がした。まさか、いやそんな、だって・・・・・・
夢の出来事じゃないの。
嫌な予感を払拭するように努めて明るく訊ねた。
「ど、どんな子?イケメン?」
「ああ、写真も持ってるのよ見てみて」
差し出された一枚の写真に私は絶句した。
「その子はね、あなたの弟になる子よ。仲良くしてね」
母さんの言葉が残酷に頭の中に響いた。
写真の中で華から蜜が垂れるように甘く微笑む金髪の美少年。しかしその笑顔のどこかが白々しく、恐ろしくみえた。
夢の中で言った、少年の言葉が蘇った。あの恐ろしい、『呪いの言葉』が。
「さあ、『姉さん』一緒に帰ろう」