カラオケボックスでの一件以来、今度はオレがうわの空だ。
及川は及川で吹っ切れたようだ。
オレは未だに腑に落ちなくてモヤモヤしたままだ。
「江田?」
及川に顔を覗き込まれ、我に返る。
「あっごめん。考え事してた。何?」
「うん、あの、ちょっと聞いてほしいことがあって」
何だか胸さわぎがした。
「その、前の高校の友人が、その、この前話した先生を見かけて、少し話したみたい」
胸さわぎがしたのはやはりこのことか。
「それで?」
「うん、元気そうだったって」
及川はまだ何か言いたそうだったが、躊躇っていたので、代わりにオレが言った。
「会いたいの?」
及川は驚いた表情でこちらを見た。
オレは真顔で及川を見つめた。
「そんなことっ」
「やっぱ会いたいんだ」
及川は動揺を隠そうと、両手を前で握り合わせたり離したりしていた。
「会ってどうする」
思わず言った。
「会ってあの頃の気持ちが蘇ってそれでまた関係を続けるか?」
オレは何だかイライラしていた。
「そんな言い方っ」
「戻りたいんだろ?あの頃に」
オレは及川の顔は見ずに続けた。
「戻ろうと思えばいつでも戻れるよ。お互いの気持ちが一致すれば。でもせめて卒業まで待った方がいいと思う。お互いの為にも」
一気に話し、何だかドッと疲れた気がした。
「……江田、鋭いな」
「及川がそういう顔してたから」
オレの一方的な感情で気まずい雰囲気にしてしまった。
次の日、及川は学校に来なかった。
あの時のオレは何にイライラしていたのか。
及川にか?いや、自分にだ。
―その日曜、また及川から誘いがきた。
話があるから、と。
待ち合わせの公園まで行くと、及川がベンチに座っていた。
オレは及川に駆け寄った。
「ごめんね、急に」
「いや。この前はごめん。言い過ぎた」
「こっちこそごめん。本心つかれて何も言えなくて。でも、決めたから」
「えっ」
「先生とこれから会うんだ」
一瞬、鼓動が止まった気がした。
「その友人が先生に話してくれて。先生も会いたいって」
会わないでくれ、ただそう思った。
「キミがあぁ言ってくれて決心ついた。ありがとう」
「オレは別に」
「会って確かめたい。自分の気持ち」
そう言った及川は前だけを見ていた。
「いいんだな、それで」
及川は首を縦に振った。
行くな、その一言を押し殺す代わりに、及川を抱きしめていた。
「江田?」
そしてすぐさま及川から離れた。
「ごめん、もう行けよ」
このまま及川を行かせると何かを失うような気がした。
「うん、ありがとう」
笑顔でそう言うと、背を向け歩き出した。
及川も、その先生も、オレも、この先どうなるんだろ。
どうなっても、どうなろうと、オレは及川を見守り続けるだろう。
見守っていよう、これからも、ずっと。