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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage3
第54回バトル 作品

参加作品一覧

(2014年 1月)
文字数
1
水戸 慶
1000
2
サヌキマオ
1000
3
深神椥
956
4
ごんぱち
1000
5
石川順一
1099

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列車の中で
水戸 慶

かったん、こっとん。小さな揺れで矢崎の意識は覚醒される
「…ここは?」
ふかふかとした椅子に吸い込まれるように倒れている体を起こす。見たところ、列車の一室のようだ。ふと車窓を眺めると闇に舞う幾つもの光
「おれ、しんだのか?」
幻想的な光景を見て小さく呟いた
思い出すのはつい最近読んだ死んだ人が列車に乗り黄泉へ向かうという話、まさかそれが体験できるとは思いもしなかったが、慌てるほど驚きはしなかった
矢崎は面倒臭そうに髪をかくと手に数本の髪の毛が絡みつく。指に絡み黒い光沢を放つ細い毛は、見たこともない、自分の髪の色だった
列車に乗って一月は経っている。ご飯もお風呂も排泄もいらない、便利な世界だ
個室を出て横座席のクロスシートの窓際に佇むように矢崎は座っている
かったんこっとん、と揺れる動きは眠気を誘い窓に頭をつける。横目で輝く光を鬱陶しく感じながらも目を瞑ろうとするが
「隣いい?」
若い声にそれは見事に阻止された。苛々しげに振り返ると学ラン姿の少年がからっと笑っている
「他も空いてるけど」
「三日も一人だと暇過ぎて死にそう」
「…あっそ」
「あっそって、意外と傷つくんだよ?」
自分を抱くように腕をクロスさせ今にも泣きそうな演技を見せながら、どっと矢崎の隣に腰をおろす。許可を求めていたくせにかなり返事を得ずに堂々と椅子に座るものだ
「オレ、伊藤 和也っていうんだよ。よろしくね」
そこから始まるのは軽い自己紹介とつまらない会話で、適当に耳に入れ脳を通さず逆の耳から受け流こともできたが、見た目と違い知的で素晴らしい表現力を巧みに使い上手く惹きつけられる
元々体が弱く病院生活の多かった矢崎にとってそれは美しい世界だった。外の輝きにも負けない大きな光に満ちていた
「それでさぁ」
〈次は、伊藤 和也様専用下車駅ーーーー〉
けらけらと話す伊藤の声を遮り無機質なアナウンスがなる
「え、オレ?」
「…生き返れるんだよ。お前は」
ほんの一瞬で矢崎の世界はぱっと散る
「お前はここで降りて、生き返るんだよ」
ぷしゅーと音がなると外を舞っていた星がふわっと消える
ずるいな、俺は生きたいのに。伊藤の腕を掴み扉まで行くとどんと背中を押し外に押し出した
「え、ちょ…」
慌てる伊藤なんて無視してドアは閉まる
椅子につき髪をかくと手に数本の毛が絡みつく。指に絡んだのは真っ白な色素のない髪の毛
〈次は、黄泉駅。黄泉駅でーー〉
アナウンスを耳に、矢崎はゆっくり目を閉じた
列車の中で 水戸 慶

お墓のバラ
サヌキマオ

 墓までの道すがら、墓守の老人が至極上機嫌なのは持ってきた葡萄酒のせいだろうか。おらももうそんなには生きられねえだろうから、そうしたらおめえ様も一人で来られるようにならないとどうしようもねえです。直ぐも間もなくもなさそうな見事な健脚が頼もしいが、暗紫色に見える岩肌の峠道はいくつも分岐があって、そのたびに老人も考えて歩いているふうだったから、年に一度しか来ない私なら、なおのこと分からないであろう。
 妹が亡くなって三年になる。はじめは埋葬した頭上に鉄の杭を打って墓標代わりにし、昨年は柵をこしらえて野薔薇の苗で囲んだ。本当は大好きだったピンクの薔薇で囲みたかったが、あれは大量の肥料や手間隙がかかるのだと庭師に聞いた。せめてもの野薔薇である。代わりに、園庭にあったありったけのピンクの薔薇を供花とする。
 魔に獲られた者に関わってはならぬ。領主である父はそう言い捨てると部屋を出ていき、以来、家族に妹というものはいなかったことになってしまった。たしかに、リューレシカは屋敷中の食物を食っては吐くようになった。口に詰め込んでは吐瀉し、テーブルに出た葡萄酒が空になるまで席を立たなかった。牛乳は牛小屋に忍び込んで牛の乳から直に飲むので牛が怯える。貧しい土地にあって不気味にによく肥えた。最期は足の先から腐ったのである。
 リューレシカは魔に憑かれたのだ。だから世の中から蔽さねばならぬ。
 だがしかし、共に暮らした思い出はどうあっても忘れ得ぬのだ。

 ようやく、丘の上に登る石段が見えてきた。領主は使用人に忘却を命じていたので、この石段も私が独りで拵えたのである。ここで待っているから行ってきなせぇ、という墓守を残していくと雨風が強くなった。きっと荒涼とした空と荒れ野が広がっているのだろう。
 ところが――驚くべきことに、鉄柵の周りの野薔薇は、いや、野薔薇ではなかった。輝くようなピンクの薔薇が墓の周りに咲き誇っていたのである。その奥には――打ち立てた鉄杭に絡まるように、ひときわ巨きな大輪のピンクの薔薇が咲いているのである。これは、リューレシカ、リューレシカ! お前なのか。
 私は呆然として、ふらふらと入口のゲートを潜ろうとする。その刹那、疾風の速さで薔薇の蔓が飛んできた。蔦は私ではなく、私が持ってきた花束をひったくって墓へと引き寄せる。花束はなんということだ、そのまま我が妹がむしゃむしゃと食べてしまった!
お墓のバラ サヌキマオ

ある冬の日
深神椥

 グォーン、グィーン、ガッチャン
 グォーン、グィーン、ガッチャン

 静かな住宅地に鳴り響く重機の音。
 大きなショベルが木をなぎ倒していく。

 私は遠くから、ただそれを見つめていた。

 父方の祖母の家の解体工事が始まって一週間。
家も物置も庭もなくなっていた。
土を掘り起こし、整地している段階のようだ。
一晩中降り積もった雪で、畑は見えなくなり、辺りは一気に雪景色だ。

 グォーン、グィーン、ガッチャン

 あんなに何度も来た所なのに、全てなくなってしまうと、もう間取りすらわからない。
 こうして見ると、敷地がとても狭く感じる。
この場所に、二階建ての家と物置があったとは思えない。

 祖母が介護を必要とするようになってから、亡くなるまでの五年間、父と母は本当によく働いていた。
 祖母の家は我が家から往復三十キロの所にあり、父と母は週に何度か父の運転する車で通った。
 夏には祖母の家の畑で野菜を作り、冬は屋根の雪下ろしや雪はねをした。
秋の芋掘りは私も手伝った。とにかく大変だった記憶がある。
 それと同時に、我が家の畑でも野菜を作っていたし、母は家事もこなしていたから、相当な労力だっただろう。

 祖母が亡くなった時、父は泣かなかった。
 やりきった、と言っていた。

 グォーン、グィーン、ガッチャン

 解体工事の様子をカメラに収める父。
父も母も、この光景をどんな思いで見つめているのだろう。
 きっと、様々な思いが駆け巡っているに違いない。

 私は私で、冬の寒さと、寂しさとが相まった気持ちで、ただの更地になっていく様を見つめる。
 そして、ただの更地になったこの地を見た時、私は何を思い、何を見つけるのだろう。


 それからまもなくして、私は高校を卒業し、大学に通うため、地元を離れ、ひとり暮らしを始めた。
 日々の忙しさの中で、あの日見た光景は、少しずつ薄れていった。

 それから数ヶ月が経った頃、母から連絡がきた。
 あの土地が売れた、と。
 驚いた。
売りに出すとは聞いていたが、まさかあんな田舎の、あんな場所を買う人がいるなんて。
 私は感心してしまった。
 物好きもいるもんだな、と。

 あの地がまた、新たな誰かの生活の場として生まれ変わるんだと思うと、寂しくもあるし、複雑な気持ちもある。
 そして同時に、自分の中の何かが失われたような、そんな気がした。
ある冬の日 深神椥

基本無料屋
ごんぱち

「いらっしゃいませ」
「あの……この店、基本無料って」
「はい。ゲーム基本無料、スーツ基本無料、食品基本無料、漫画基本無料など、様々な商品を取り揃えております」
「へえ、儲かるんですか?」
「基本が無料なだけですので」
「どれどれ……これはゲーム?」
「基本無料のゲームでございます」
「ちょっとプレイしても良いかな?」
「基本無料ですので構いませんよ」
「キャラクタと行動を選んで……ん、次の行動が選べないな?」
「次の行動まで半日かかります。行動力回復アイテムは、有償となります」
「いつもの手だなぁ」
「こちらはいかがでしょう」
「スマホ? 携帯ゲームだったら、さっきのゲームと同じじゃないの?」
「本体価格が基本無料なのでございます。二年間の契約で所定の料金プランを選んで頂くと、利用料から本体価格が割り引かれます」
「ってか、それが基準になってるよね。すっごいよくあるよね。あんまりお得感がないな」
「電子書籍の漫画、第一話基本無料もございますが」
「明らかに撒き餌だろうそれは。ええとこっちは……スーツ?」
「二着目は基本無料でございます」
「一着目を買わなきゃいけないんじゃ、ただの半額だし、営業職でもないからこんな安スーツを何枚も買う必要がないな」
「お眼鏡に適うものがございませんか」
「どれも見知ったものだし、これっていう決め手がなぁ」
「ではこちらは如何ですか。こちらの食パンと醤油は」
「パンと醤油ねぇ……まあ、タダなら貰って損はないけど」
「それから、この高級羽毛布団が七割引で買える権利も無料でお付けします」
「それ無料と対極のアレだよね! 全然無料じゃないアレだよね!」
「仕方がありません、一番の売れ筋商品をどうぞ」
「これは?」
「水と空気と安全でございます」
「まあね! 日本人はね! そこは無料だと思ってる節があるけどね! でもその神話崩れてるよね!」
「でしたら、こちらはどうでしょう」
「なに?」
「だからこれ」
「スマイルとか貰っても別に嬉しくはないよ、使い古され過ぎだよ。そもそも、それって商品販売に付帯するサービスだよ、デニーズでコーヒーに砂糖入れても入れなくても値段一緒みたいなのだよ!」
「お気に召しませんか」
「なんか、こう、使える物が手に入って、それが無料だから嬉しいなぁ、良かったなぁ、みたいなのはないの!?」
「そうですね……あっ、生活保護は如何ですが、税負担も状況によっては――」
「ポケットティッシュ下さい!」
基本無料屋 ごんぱち

IP句会
石川順一

たくさんのおばさんが集まって今日はおばさんIP句会が開かれた。
「I(私)P(豆)句会です。I(私)の事を尊重してP(豆)に、まあ「豆」と「まめに」では意味が違いますが、同じ音と言う事で私の事を大事にまめに、と言うコンセプトの句会です」

O 編み物をして居る完黙しています
「今日はこつごもりですが、「編み物をして居る」は私が編物をしている人を観察して、ああ編物をしているなあ、だから目を数えて居るから、私が話しかけても黙って居るなあと言う編物をしている人を私が観察した結果出来た句です」
(おばさん1)「そうですか、確かに今日はこつごもりですが、「編物をしている」では自分が、句作者が編物をしていると解釈できませんか?普通そう取るでしょう。俳句とは「私」の文学です。例えば男なのに妊娠して居るという風に詠むとおかしいでしょう?短詩形なんだから非力なんですよ。女の立場(あるいは自分とは違う立場)を創作したかったら、詩とか小説をおやりなさい」
(おばさん2)「それに「完黙しています」も自然にこの句作者が黙って居るとしか思えない。多少字余りになってもいいから「編物をしている他人(ひと)完黙しています」としなさい。中7が多少字余りだし句跨りになっていますが・・」
IP句会はこの様に進んで行く。忌憚のない意見が百出し、俳修行となる。ついでにP(豆)の豆にひっかけて、「短歌会」もやっている短歌の短の漢字が「豆」を含んでいるからだろう。

Oクレジット審査に再び落ちにけりジット出来ぬのは多動症かな
「クレジットにひっかけて、ジット出来ぬとうまく詠んで居る。しかしクレジット審査に落ちたという事と、多動症と言うのはうまくつながらない。人によっては何言っているのだかさっぱり分からないと言われて仕舞います。しかし俳句には二物衝撃と言う理論がありまして、全然別な句材を組み合わせることによって、ある種の「響き」を生じさせると言うのがあります。でもこれだって全然出鱈目にやるとただいい加減な印象しか受けない。「たんぽぽのぽぽのあたりが・・」と言う俳句と同じかどうかは分かりませんが、難しいところですな」
(おばさん1)「しかしこの人は実は12月29日に銭湯に行ってきたのではないですが。「多動症」と言うのはそこのところを巧みに詠っているのだと思う」
おお、そんな事は知らなかった。分かるはずがないのだが偶にこう言う、不可思議な読まれ方をされてしまうことがある。

最後に会の中で一番好まれて居る春日井健の短歌を引用して終るとしよう
「緑素粒」 大空の斬首ののちの静もりか没(お)ちし日輪がのこすむらさき