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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage3
第58回バトル 作品

参加作品一覧

(2014年 5月)
文字数
1
サヌキマオ
1000
2
(本作品は掲載を終了しました)
ウーティスさん
3
野乃
1073
4
ごんぱち
1000
5
石川順一
1156
6
深神椥
1000

結果発表

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イラン
サヌキマオ

 念願の死を経て、三途の河原を下流へ歩き始めた私である。まもなくすると、向かう先に一本の巨きな桃の木が植わっている。木が巨きいばかりでなく、たわわに実った實も巨大なのである。それで遠目に桃であると知れた。實は糸が切れたように落ちると、蓁々たる葉を転がって河に落ちた。どんぶらこっこ、すっこっこ。桃は流れていく。「桃太郎だ」私は確信する。「桃太郎はここから生まれたに相違ない」
 長い時間をかけて、河原の丸石を押しのけて桃の木は出てきたようである。動く物の姿は見当たらなかった。風だけが生暖かく生きていた。人の頭よりもずっと巨きな桃の實がたくさんにぶる下がっていた。落ちてくる實に当たったらタダではすまないだろうが、どうせこちらは死んでいるのである。だが当たったら痛いに違いない。腹は減らない。私が死んでいるからだろうか。されど桃の匂いはする。なんだかわからなくなってきた。
 誰か人がいないと話が進まないなぁ、と思うと木の上から人が降ってきた。おそらくイラン人である。額に「イラン」と書いてある。尻から糸を出して木の上から吊り下がっている。
「今、調べてたんだけどね」流暢な日本語である。「Peachって、もともとはペルシャ、という意味らしいよ。Wikipediaにそう書いてあった」
 そうですか、貴方がここの桃の管理を?「いや、そうではないのだ。そのぉ、なんと云っていいか、そこまで設定を考えてこなかった。また出直してくる。悪しからず」イラン人は木の上に戻っていった。尻の穴に糸が戻っていった。葉をがさがさ云わせてイラン人がいなくなると、また静かになった。ばしぃ、わさわさ、わさわさ、ぼちゃん。また實がひとつ、河に落っこちて流れていった。
「えー、そんなわけで」急に目の前に件のイラン人が立っていて驚いた。「私はここの木に取り付いていて、巨きくなった桃を切り落とす役目を担っているのです。そういう設定になりました……ああ、あと、この桃は『桃太郎』とはどうしても関係無いようです。悪しからず、悪しからず」
 そう言うとイラン人はひょいと桃の枝に飛び乗った。桃の木はずしんずしんと小気味よく歩き出して、河を渡って向こう岸に消えてしまった。私はまた歩き始める。水行末、雲来末、風来末。
 そういえば「すっこっこ」ってどういう意味なんであろうかネ。思っていると、それは私です、とすっこっこが現れた。川下まで乗せていってくれるという。
イラン サヌキマオ

(本作品は掲載を終了しました)

しおりの栞。
野乃

しおりはいつも図書室にいた。

僕がしおりのことを知ったのは、一週間前の昼休みだった。
何年生かも、何組かもわからない。
僕が読み終わった本の続きを本棚で探していると、突然。

「その本、ここには二巻までしかないの」

しおりはそう言ってまた席に戻り、再び本を読み始めた。
昼休みの終わりを継げるチャイムが鳴っても、しおりはいつも素知らぬ顔で本を読み続けていた。
次の日も、その次の日も、またその次の日も。
最初は気にしていなかったけれど、だんだんどこの誰なのかが気になって、どのクラスに帰っていくのか見ていようと、しおりが席を立つのを待ってみたりした。
だけど、ちょっと目を離した隙に、しおりはいつもいなくなっていた。

一枚の栞を、机に残して。

本当は彼女の名前を僕は知らない。
だけど彼女のことを「しおり」と呼び始めたのは、このせいだ。
ひょっとしたらとりに戻って来るのではないかと思い、待ってみたりもしたけれど、
彼女が栞をとりにくることはなかった。
だから僕はしおりの残した栞をポケットに入れた。


「ねぇ、」

その日の昼休み。
僕は初めて自分からしおりに話しかけた。

「なんであの本、二巻までしかないのかな」

すると、いつもは仏頂面が張り付いているしおりの顔に、
初めて感情が現れた。
でも、それも一瞬のこと。
僕が瞬きをした後には、しおりはいつもの顔に戻っていた。
しおりの瞳(め)が、真っ直ぐに僕をつらぬいた。


「続き、うちにあるから」


「え・・・?はぁ!?」

最初、意味がわからない程に、
その答えは予想外すぎるものだった。

「え、…いや、返せよ」

僕は続きを読みたいんだ。
しおりの視線が、僕から外れた。

「……そうね」



返しておいて、くれるかしら?
――貴方が。



昼休みを告げるチャイムが鳴った。
ガタガタと、生徒達が席を立ってクラスに戻っていく。
「あ、ごめんなさい」
通りすがりに誰かが僕にぶつかって、
その間にもうしおりはいなくなっていた。
また一枚の栞を残して。

次の日もいつも通り僕は図書室に向かった。
だけど、いつもの場所にしおりの姿はなかった。
代わりに、しおりのいた席には一冊の本が置いてあった。
三巻だった。
トイレにでも行ったのかもしれない。そう思って待っていたが、いくら待っても探してもいないので、
僕は、図書の先生にしおりの代わりに本を返しにきたことを伝えた。
先生が返却印を押そうとして、本の後を開いた。
先生の手が止まった。
利用者記入欄の最期の名前。
ひとつだけ、返却印のないその名前は、

『茜栞』

その横に記された日付は、もう何年も前のものだった。
ポケットに手を入れた。
栞の感触は、どこにもなくなっていた。
しおりの栞。 野乃

現代語訳・禁酒番屋
ごんぱち

「滝沢商店です。四〇四号室に入居されています坂田さんに、お届け物です」
「お品物はなんですか?」
「いや、ええと、直接渡して欲しいと……」
「お酒ですね。申し訳ございませんが、坂田様はお医者様よりお酒を禁止されております。ご家族の意向でもございますので、お持ち帰り下さい」

「――って事があってさ」
「なんだ、融通の利かない老人ホームだな。本人が欲しいって言ってんだから、好きなように飲ませてやれば良いのに」
「だろう? うちも注文を受けたから届けてるだけなんだ。糖尿だって注射でおさえてるんだし、今さら酒の一本や二本控えたところで、七〇の爺さんが若返るワケでもなかろうに」
「まったくだ。うちのオヤジも糖尿だったが、爪先がなくなっても、目が見えなくなっても、酒が飲めないなら死ぬってんで、ガバガバ飲んでたぞ」
「そうだよなぁ! 畜生、あの受付、一泡吹かせてやりてぇなぁ!」
「そうだ滝沢、お前、落語の『禁酒番屋』って知ってるか?」
「筋腫パン屋?」
「禁酒番屋だ。酒の持ち込みを禁止された城に、どうにかして酒を持って行こうという話だ」
「へえ? どんな手を使ったんだ?」
「ああ。まずはだな、カステラの箱に、こう、酒瓶を入れて持って行ったんだが――」
「そうか! その手があったか! 行って来る!」
「おい、話は最後まで……まあ、それで通用すれば良いが」

「……どうも、竹川と申します。坂田さんに、面会に参りました」
「差し入れの品物は、何かお持ちですか?」
「こちらのカステラです」
「カステラですか」
「はい」
「坂田さんは辛党で、甘い物はお嫌いだった筈ですが」
「え、ええ、ええ。その、お酒が飲めないので、何とか他の物で紛らわそうとかなんとか言っていたような」
「なるほど。分かりました、どうぞごゆっくり」
「はい――どっこいしょ」
「ん? カステラの箱がそのように重いものですか?」
「あ、いや、これは……」
「中は酒瓶ですね。お持ち帰り下さい」

「――ダメだ、あの受付、抜け目がないぞ!」
「半端に聞いて行くからだ。あの『禁酒番屋』の本領はその後だ」
「ええっ? そうなのか!?」
「フフフ、これをやれば、もう受付は二度と土産を改めようなんて気はなくなるさ!」

「こんにちは掛長と申します。坂田さんのところに面会に来ました」
「差し入れの品はございますか?」
「こちらの小便です」
「不潔物の持ち込みは禁止されておりますので、お持ち帰り下さい」
「……あれ?」
現代語訳・禁酒番屋 ごんぱち

俳句の真髄鈴木真砂女
石川順一

4月23日ドームで野球を観戦して居ると隣の席に鈴木真砂女が来た。俳人の割には妙に野球に詳しい。
「ガッツ来い。ガッツ代打」
と、中日に移籍したばかりの小笠原の事も知って居た。
「私は1906年11月24日に生まれました。2003年3月14日に亡くなって居ます」
なんだ、霊魂様だったのか。私は隣席の霊魂様を慰める為に真砂女の名句を唱える事にした。
「御身思ふこと如何ばかり雁かえる

冴え返るすさまじきものの中に恋

すみれ野に罪あるごとく来て二人

瓜揉んでさしていのちの惜しからず

死なうかと囁かれしは蛍の夜」

「あら、あなた、私の俳句を知って居るのね。嬉しいわ。もっと唱えて下さい。さあ」

と、依頼された。

「漁火のひときは明き愁思かな

かのことは夢幻(ゆめまぼろし)か秋の蝶

泣きし過去鈴虫飼ひて泣かぬ今

春淋し波にとどかぬ石を投げ

白桃に人刺すごとく刃を入れて

いつの日よりか恋文書かず障子貼る

こほろぎやある夜冷たき男の手

罪障のふかき寒紅濃かりけり

人と遂に死ねずじまひや木の葉髪

羅(うすもの)や人悲します恋をして

水打ってそれからおかみの貌になる

死ぬことを忘れておりし心太

浴衣のまま行方知れずとなるもよし

菜の花や今日を粧ふ縞を着て

神仏に頼らず生きて夏痩せて

片栗の花を見にゆく帯締めて

秋刀魚焼く煙りの中の割烹着

桃林の落花の果てに消えしかな

初凪やもののこほらぬ国に住み

火祭やまだ暮れきれぬ杉木立

舞い舞いて波濤の泡のきらめけり

すみれ野に一人歩きの足捌(さば)き

心中に海ありという春の海

大輪の菊の首の座刎ねたしや

降る雪やここに酒売る灯をかかげ

金目鯛の赤うとましや春の雨

雲水の銀座に佇てり半夏生

揚物をからりと揚げて大暑なり

目刺し焼くここ東京のド真中

ゆく秋や小店はおのが正念場

下駄にのる踵小さし菊日和

東京をふるさととして菊膾

下駄の音勝気に冬を迎へけり

ゆく年を橋すたすたと渡りけり

遠き遠き恋が見ゆるよ冬の波

今生のいまが倖せ衣被(きぬかつぎ)

口きいてくれず冬涛見てばかり

あはれ野火の草あるかぎり狂いけり

すみれ野に罪あるごとく来て二人

かくれ喪にあやめは花を落しけり

夏帯に泣かぬ女となりて老ゆ

とほのくは愛のみならず夕蛍

かのことは夢まぼろしか秋の蝶

蛍火や女の道をふみはずし

夏帯やー途といふは美しく

夏帯や運切りひらき切りひらき

忌七たび七たび踏みぬ桜蘂

誰よりもこの人が好き枯草に

花冷えや箪笥の底の男帯

死にし人別れし人や遠花火

笑ひ茸食べて笑つてみたきかな

風紋をつくる風立ち暮の秋

冬の夜海眠らねば眠られず

降り積めば枯葉も心温もらす



戒名は真砂女でよろし紫木蓮  」


「まあ嬉しい。これで私もやっと成仏出来ます。ではさようなら」
隣席から真砂女の霊魂が消えた。私は何か俳句の免許皆伝か奥義を授かった様な気に暫く浸って居た。
俳句の真髄鈴木真砂女 石川順一

ひげきのひろいん Ⅱ
深神椥

 私は、道行く人の間をぬって、ただひたすら走っていた。
 息はあがり、体も小刻みに震えていたが、全速力で走った。

 どうして、どうしてこんなことになってしまったんだろう。

 田舎から上京してきたばかりで、右も左もわからない私にとても親切にしてくれたアパートの管理人さん。
 私を娘のように思ってくれて、私はすっかり信用しきっていた。

 いつものように管理人さんの部屋に招かれて、お邪魔したら、急に管理人さんの目の色が変わった。
抵抗しても抵抗しても、力で押さえつけられ、どうしようもなくなった私は、テーブルに何とか手を伸ばし、ケーキ用のフォークで管理人さんの首元を刺してしまった。

 恐怖感と後悔で、思わず、部屋を飛び出してきてしまったのだ。

 どうしよう、どうしたらいいんだろう。

そう考えている内に、涙が溢れてきた。

 とりあえず、気持ちを落ち着かせようと思い、どこかお店に入ることにした。
道路の反対側にコンビニを見つけたので、そのまま斜め横断をしようとしたその時、左から大型トラックが走ってきていた。
 無我夢中だったので、左右をよく見ていなかった。

 私の体は大型トラックにはね飛ばされ、宙に舞い、地面に強く叩きつけられた。
 朦朧とした意識の中で、思った。

 こんなはずじゃなかった。
子供の頃からの夢を叶えて、有名になるって決めたのに――。
 ここで人生が終わるなんて――。
と、その時、誰かの声がした。
誰だろうと思い、何とか薄目を開けた。

「目が覚めたね」
見ると、私の目の前に、倒れていたはずの管理人さんが立っていた。
微かに笑みを浮かべている。

「……管理人さん……」
私は何が起こっているのか理解できず、それ以上の言葉が出なかった。
頭を整理しようと、ふと、視線を下に向けた。
 自分の置かれている状況に気付いた。

椅子に座らされ、縄で縛り付けられていたのだ。

「……紅茶に入れた睡眠薬が効いてくれてよかったよ」

 あれは、すべて、夢だった。
 薬で眠らされている間に見た夢だったのだ。

「……どうして、どうして、こんな……」
私は涙交じりに言った。

 「ボクのモノにするためだよ」
そう言った管理人さんの手には刃物が握られていた。

これから自分がどんな目に遭わされるのか、わかった時には、もう遅かった。


「これでやっとボクのモノになる」

 ドク、ドク、ドク。

 私の首から真っ赤な血が溢れ出ていた。

 私が夢の中で管理人さんにしたのと同じように――。