殺人鬼の君に殺されたいと僕は願った
haijinn
「ねえ、死にたいの?」
そう言って彼女は僕にナイフの切っ先を向け、可憐に微笑んだ。
彼女と灰色でなんの面白みも彩りもなかったはずの屋上のコンクリートは赤黒く染まって彩られていた。
彼女の足元に横たわる人間の屍はさっきまで合ったはずの体温などまるっきり失せただの物体と化しまるで前からそこに在ったかのような溶け込み具合だった。
しかしそこに訪れたイレギュラーの『僕』がこの中に背景にすら溶け込めるはずもなく、今彼女と対峙している。
そして凄惨な光景にそぐわないような愛らしい微笑を向けられ僕は恍惚とした。
「聞こえなかった?しにたいの?」
僕が何のリアクションも起こさないことに焦れたのか殺人鬼の少女は笑いながら僕に一歩、踏み出してきた。距離はそこそこ離れていたからその地点から襲撃されても逃げようと思えば逃げられる距離だった。
月の光に炯炯と照らされた彼女から発される殺気に刃で切りつけられたような感覚に襲われる。
彼女の目はまさに、「本気」だった。下手をすれば殺されるかもしれないな、頭のどこかでぼんやりと思った。
「それもまあ、いいかもしれないね」
「・・・・なに、いってんの?」
僕の突飛な(彼女も負けてはいないが)発言に少女は呆気に取られた、というような顔をした。そんな表情も美しい。
僕は目を閉じて少女に殺害される自分を想像して見た。ナイフのさまざまな活用法で僕を殺す少女の嬉々とした姿。
イメージの中で僕は脇役彼女がメインだ。彼女を主役として美しく飾り立てることができるなら僕も喜んでこの身をささげよう。いや、捧げたい。
「そこで死んでるのは同級生のAだろ。」
僕は死体を一瞥した。少女は見もせずに僕をみつめる。
「それがなに」
「殺してたのしかった?それ」
問うと少女は形のよい小さな唇をニイィ、と引き上げた。
「うん、たのしかった。最初、おなかをを真一文字、縦に切り開くの。するとね、ぶしゃあぁって内臓から赤黒い血が噴水みたいに噴出して、シャワーみたいですごくおもしろいの・・・・・・まあ語ってたら夜が明けちゃうぐらいだね」
「じゃあ、僕で楽しんでよ」
「う~ん・・・・それはうれしいけど・・なんでなのさ」
釈然としない様子で彼女は腕を組んだ。血で乾いてカピカピになったセーラー服の袖が風に吹かれて揺れている。
「君に殺されたいからだよ」
教室の隅で、ずっとみてた。彼女だけを。あの愛くるしく花のような笑顔に笑いかけられたその日から氷河期のようだった僕の高校生活を一変させた彼女だけを。
その彼女が殺人によって何よりも光り輝いている。
そんな彼女がこの僕に『生』への終止符を打ち哄笑するさまを思い浮かべて陶酔する。
「ふぅん・・・・本当にいいの?いくよ?」
気づけば彼女はもうあと一歩、というところまできていた。
彼女は今までに見たことのないような極上の笑みを浮かべると、ナイフを思いっきり掲げた。
・・・・・・さん、すきだったよ