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第36回1000字小説バトル Entry38

バスドライバー・3


「雲は白い綿菓子さ」俺は照れながら呟いた。

 空がこんなに青いとは知らなかった。
 信号が赤から青に変わり、そして黄色に変わる。そしてまた赤。そして青。
 
 ぴんから兄弟みたいなのが、眼下で喚いている。ちょび髭が車をどかせと指図している。
「交差点は停留所じゃねー!バカやろう」
 ついつい信号に見とれていたら此の様だ。お前こそバカ野郎だ。
「今日は気分が良いので安全運転致します。急発進にお気をつけください」
    
 最近は、忙しくて朝食も摂れないままの運転生活が続いている。そこで俺は考えた。大和民族のサンドイッチ、すなわち『おにぎり』を運転中に食べようと。しかもローソンのじゃだめだ。自分で握ってないと不味い。25年近く運転しているんだ。会社側も大目に見てくれるだろう。
 こうやって濡れティッシュで手を拭いて、しお手で二度三度包み込む様に、しっかりと。
「プップー!パウパウ!ブー!ブブブー!!」
いつも信号停止の合間で握ろうとするので、時間が足らない。それで次の信号そのまた次ぎの信号と後続車に
せっつかれながらの運転になる。
 
 最近は、米粒だらけのハンドルやシフトレバーを見るに見かねたお客さんが運転を代わってくれるようになった。
「運転手さん!交代しましょ。はやく」
「免許証あります?」
「普通ですが」
「まあ、大目に見ましょう」
 運転帽をかぶると誰でも運転手に見えるものだなぁと感心しながら、後部席でおにぎりをほおばる。常連の乗客の方が慣れてしまって、差し入れをしてくれる様になってきた。
「鮭ですが、どうぞ一切れ」老婆がアルミホイルのまま手渡してくれる。
「いや〜すいませんです」
「この運転手さんも運転上手だわね」
「そりやそうです。私も交代する際は人を選んでますから」
「もう少しやっていいですか」
「適当に停留所が見えたら、停まりながら進んでください」
「いや〜鮭のお礼に肩でも揉みますよ」
「こんなに親切な運転手さんがいるんだねぇ」
 老婆は手拭いで涙を拭いている。乗客の間からも啜り泣きが聞こえている。
 そういえば、『e-カラ』があったな。
「一曲歌います。栞のテーマいきます」
「いいぞ〜運転手」
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
「次は、わたしよ〜。JUDY AND MARY」
 老婆がいつの間にか笑っている。女子高生達が手拍子している。皆笑っている。
 
 こうやって、行楽の観光バスに様変わりした俺のバスは、昼下がりの街を走り抜けて行く。

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