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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage3
第67回バトル 作品

参加作品一覧

(2015年 2月)
文字数
1
麻津さく
999
2
叶冬姫
1000
3
サヌキマオ
1000
4
深神椥
1000
5
ごんぱち
1000
6
石川順一
1003

結果発表

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いざなう森
麻津さく

 暑い。空調が効きすぎているし、帰宅ラッシュで混んでいる。頭が痛い。電車に乗る前に死ぬほど泣いたからだろう。
 握り締めたケータイの画面が涙で滲む。顔まで巻いたマフラーが、目を隠していてくれればいいと思う。なぜ人間の身体は泣きすぎて死ぬようにできていないのだろう。もしそうなら彼もきっと自責の念を感じて――やめよう。こういう同情の引き方をしようとしたから、私は嫌われたのだ。
 一旦降りることにした。夕風に当たりたかったし、泣くにしても電車の中より駅舎の方がいいような気がしたのだ。

「次は……前」
 アナウンスはよく聞こえなかったが、人々を掻き分けて出口へ向かう。
 ふと、先ほどまでざわついていた車内がしんと静まり返っているのに気が付いた。
 振り返ってみようとした瞬間、私は押し出されるように駅のホームに降り立つ。目の前でドアが閉まった。
 ぼやけた視界の中、乗客が全員こちらを見ていた気がする。気のせいだろうか。
 駅名を確認しようと逆方向を向いた私は、ぞくりと寒気を感じた。

 知らない駅だった。降りたことがないとか、そういうことではない。見たことも聞いたこともない駅に、私は降り立っていた。
 無人駅だ。人気のない木造の駅舎。線路は一本だけ。掲示板には褪色して読めなくなった張り紙達。
 自分が乗っていた電車はもう見えない。時刻表を探したがそんなものはなく、代わりにあったのは朽ちて傾いた駅名のプレートだった。

『いざなう森前』

 名前の通り、ホームから駅舎を通り抜けた向こうは森だった。夜の闇にぼうっと浮かぶ、背の高い針葉樹。辺りに人家は無く、道はまっすぐ森の奥へ続いている。
 震えが止まらないのは、寒いからではなかった。
 吹く風の音に紛れて、人の声が聞こえるのだ。

「可哀想」
「可哀想」

 何重にも聴こえるそれは恐ろしく、一方でひどく甘かった。

「可哀想」
「可哀想」

 気付くと森へ向かって歩き出している。そっちへ行ってはだめだ。憐れむ声は柔らかさを増して、私の周りを取り巻いていく。抗えない。

「可哀想」
「可哀想」

 お願い、もっと同情して。私を憐れんで。
 真っ暗な森の中。何も見えない代わりに何本もの手が、頭を撫でる。

「もういいよ」
「悲しまないで済むんだよ」

 次の瞬間、頭や背中を撫でていた手が、ぎゅっと私の喉を掴んだ。

「おやすみ」
「おやすみ」
「おやすみ」

 ケータイが掌から滑り落ちて行くのを感じて、私は目を閉じた。
いざなう森 麻津さく

バレンタイン前線接近中
叶冬姫

「ねぇ? どう?」
満面の笑顔で、少女がお皿を差し出してくる。お皿の上に乗っているのはチョコレートケーキ…らしきものだ。『らしき』と判断したのは、彼女が『ザッハトルテを作るわよ!』と豪語し続けていたからだ。
「食べて。食べて。味見して」
「いや、どう見ても焦げたチョコレートだろ。これは」
少女曰く『ザッハトルテ』は、俺の目には『焦げた塊』にしか見えない。
「いいから味見しなさい!」
命令形で言われ、俺は柄にハートの飾りが付いた銀色のフォークを取り、口に運ぶ。お皿もハート形…と凝っているだけに、尚のこと痛々しさが増している。
「苦い」
チョコレートが焦げているのだ。当たり前の感想を俺は述べる。

 典佳は俺の幼馴染だ。ただ、三月生まれと四月生まれの同学年幼馴染というのは、子供の頃に顕著に差が出る。おかげで俺は中学生になっても、未だに典佳の命令形に反射的に従ってしまう。
「典佳、普通にチョコレート買え」
どう考えても、これがバレンタインまでにザッハトルテに進化することはあり得ない。
「嫌よ! 十四年分の想いをぎゅーっと濃縮するんだもん! 手作りは譲れないわ」
十四年? ものすごく嫌な予感がする…というか嫌な予感しかしない。故にとぼけることにする。
「典佳にそんな長い間好きな人間がいるなんて知らなかったよ」
「もうすっとぼけて。あんたに決まってるでしょ!」
やめてくれ。今更、幼馴染のデレなんて嬉しくも何ともない。
「いや俺好きな人いるし」
嘘でもここは逃げ切らなければ。誰と聞かれたら、隣のクラスのいいなって思っていた子を好きな人に昇格すればいい。
「わざわざそんなこと言わなくても解ってるわよー。返事はホワイトディでいいの」
『今まで待ったんだもん。全然平気よ』と、恥ずかしそうに告げる典佳に俺は戦慄する。
通じてないし、真っ赤に染めた頬を手で覆い隠して、その癖指の隙間からちらちら見てるし。頼むマジ勘弁してくれ。
「バレンタインまでにちゃんと作れるようになるから、毎日味見に来てね」
毎日? いや、一生この焦げたチョコを食わせられるんだ。だって俺は、典佳に逆らえない。焦げた塊もすでに全部俺の胃の中だ。
「帰る!」
ここはひとまず撤退して、自宅で作戦を練り直すことにしよう。

 だが。
「ただいま」
 自宅のドアを開けると待っていたように母親が立っていて、そっと俺の手に胃薬を握らせてきた。
 内堀は完全に埋められていることを、俺は悟った。
バレンタイン前線接近中 叶冬姫

追儺
サヌキマオ

 四階のベランダから眺めていると、目下の幹線道路を幾人もの儺がどたどたと池袋方面に走り去って行くところだった。律儀に車道ではなく歩道を走るので、閑散とした四車線道路と歩道に詰まった儺たちの背中との対比が愉快な感じだ。赤信号で爆音のダンスミュージックをまとったナナハンが止まる。儺たちは至極驚いた顔でオートバイをまじまじと見ているが、足を止めることはない。
 この方面だと行き先は護国寺か、雑司が谷の墓地か。非常に興味は湧くのだが、今日が節分ということを除くとマラソン大会の体をなしている。あまりの多勢に人間が無勢過ぎる。小説であればここで儺に混じって様子を見に行ける都合の良さがあるのだが、そんなものはない。夜が明けるまで待つ。明け方ならば連中の残滓があるに違いない。
 朝未来、小一時間も歩くと護国寺の前を通って雑司が谷墓地に着く。護国寺の門前には交番があって、未明のわりにはずいぶん元気そうな警官が一人、六尺棒を杖代わりに仁王立ちしている。ここは皇室の墓所でもあるので、こうして交番が建っているのであろう。これは儺とは関わりのないところである。坂を下って首都高五号をくぐると雑司が谷霊園だ。先代江戸家猫八の墓あたりから覗くと儺たちが思い思いの墓石に腰掛けて酒を飲んでいる。もう宴も末の末、ぼつぼつと喋る声が聞こえる。
「あの番組の最終回予想しようか。何でもかんでも妖怪のせいにしすぎて『おまえ、そんなに何でも妖怪のせい妖怪のせいって、本当にそれで納得してるわけ?』って。妖怪に諭される(笑)逆に」
「諭される(嗤)」
「妖怪ごときに(嘲)」
「溶解後兎亀(珍)に」
「要介護朱鷺に(哀)」
「で、そう。ピーマンが食えるようになったんもうんこが臭えのも妖怪のせいだ(威)って、俺たちゃそれでいいけど、そっちはそれで本当に納得してるのかって(苦)」
「ラッキィ(池)さんの下の人(男)もそろそろ取り替え時なんじゃないかと思うけど、もつ(藝)よなぁ」
「えー、人の難がこれほど妖怪に取られるようになるとは思いませなんだ。やっかいな時代(難)ですが、また一年(未)頑張りましょう」
「え、そんな締めに入る感じ?(汗)まだ半分くらい残ってんだけど、魔王(酒)」
「赤魔王(詳)。儺(鬼)だけに(軽)」
「山田くん(赤)、座布団(石)であいつを殴れ」
 儺たちが暁の赤にゆっくりと溶けていく。御影石の照り返しに目が眩むと、何も見えなくなった。
追儺 サヌキマオ

いつかのその日まで
深神椥

 電車が駅に到着すると、私は家路を急いだ。
駅でばったり友人と会い、立ち話をしていたら、いつもの電車に乗り遅れてしまった。
 暗い夜道を辺りを気にしながら歩いていると、誰かが声を掛けてきた。
見ると、道路脇に止めてある黒のRV車の運転席の窓から男性が顔を覗かせている。
「はい?」
「この辺でどっか飲めるとこないかな」
私はただ単に居酒屋的な所を聞かれたのだと思い、あっちの方にありますよと指を差した。
すると男性は、一緒にどうかな、と言ってきた。
もしやこれがナンパというものなら、私にとっては人生初だが、今はそんなことどうでもよかった。
 私は何とかこの場を逃れようと、急いでるんで、と軽くあしらい、歩き出した。
しかし男性は、あー待って、と私の歩調に合わせてゆっくり車を走らせた。
行こうよ、としつこく誘ってくるので、私は無視し続けた。
その内クラクションを何度も鳴らすので、ちょっとうるさい!と怒ったその時、背後から声がした。
「いい加減にしろよ」
振り返ると、ご近所さんで、一人暮らしをしていて毎朝挨拶を交わしているヤマダさんだった。
私は「おじさん」と呼んでいた。
「いい加減にしなさい。いい歳した大人が。この子困ってるだろ」
男性はチッと舌打ちをすると、車をふかして走り去って行った。
私はホッと胸をなで下ろし、おじさんに、ありがとうございました、助けて下さって、と頭を下げた。
「間に合ってよかった。夜道は危険だからね」
「でもおじさん、こんな時間にどうしたんですか?」
「いや、何となく呼ばれたような気がして」
「えっ……」
返答に困っている私に、夜道には気を付けてね、と付け加えた。
「……はい。あの、本当にありがとうございました。助かりました」
「……よかった。それじゃあ、また、いつか」
そう言って笑顔を見せたおじさんの体が、急にふわっと舞い上がった。
私は驚いて空を見上げると、空高く黒い羽を広げるおじさんの姿があった。
その光景に言葉を失っていたが、次の瞬間、私の口は自然と開いていた。
「ありがとう、おじさん」

 それからというもの、おじさんの姿を見なくなった。
ご近所では、借金抱えて夜逃げしたとか、元妻の所に戻ったとか、様々な噂が流れているが……。

 ――おじさんは今、どこで何をしているのだろう。
 また困っている人の元に駆け付けたりしてるのかな。
 大きく羽を広げて――。

 それでも、おじさんは言ってくれた。
 「また、いつか」と。
いつかのその日まで 深神椥

キツネと葡萄と悪魔
ごんぱち

 その日、鳥を獲ろうとしては逃げられ、ウサギを追っては足を滑らせ、キツネは、まったくツイていませんでした。
仕方なしに葡萄を取ろうとすると、枝が高くて届きません。背伸びをしても、石を積んでも、どうしても届きませんでした。
「ちぇっ、いいさ、どうせ酸っぱい葡萄だ」
 言い捨てて立ち去ろうとした時です。
「左様でございましょうか?」
 硫黄の煙と共に姿を表したのは、ねじれた角を生やした悪魔でした。
「悪魔なんかと話す事はないね」
 キツネは立ち去ろうとします。
「まあまあキツネさん、このヘッテルギウスの話をお聞きなさい」
 悪魔のヘッテルギウス氏は、葉っぱの名刺を差し出して恭しくお辞儀をします。
「酸っぱいなどと自分で自分を誤魔化さず、こちらの契約書にサインを一つ頂ければ、葡萄を手に入れるお手伝いをして差し上げる事ができます」
 ヘッテルギウス氏は、どこからともなく、羊皮紙の契約書を取り出します。
「契約? どんな契約だ?」
 半分だけキツネは振り向きます。
「勿論、葡萄を取る契約でございますよ。このヘッテルギウスが、悪魔の翼を使いあなたへ葡萄を取って来る代わりに」
「うむ」
「魂の半分を頂きます」
「魂だって!?」
「あの葡萄は間違いなく甘い。あの葡萄は、鳥もリスもイタチも食べているものです。あの葡萄を食べない森の動物など、あなただけです。食べるのが当たり前、食べなければおかしいのです。食べた方が良い悪いを通り越して、食べるべきものなのです」
「馬鹿らしい、自分の魂より大事なものなんてありゃしないよ」
 キツネは歩き始めます。
「それだと、あなたはただ、葡萄を手に入れるだけの力がないから、意固地になって否定する惨めな獣なんですよ?」
「どんな陰口も、魂を失う程辛い事じゃあないさ。明日、鳥が捕れないって、誰が決めたんだい?」

「イリュミッシュコーヒー!」
 地獄の四丁目のバーで、ヘッテルギウス氏は何杯目かのカクテルを注文する。
「お疲れですね」
 バーテンダーのニスシチは、泡立てた脂を浮かせたカクテルの入ったグラスを差し出す。
 ヘッテルギウスはそれを一口飲んで、溜息を付く。
「動物はどうもダメだ、はしこくて臆病で、自分の魂が大事だって事にすぐ気付いてしまう」
「残念でしたね」
 ニスシチは、ヘッテルギウス氏の皿にナッツを足した。
「ふん。どって事ないさ。獣の魂なんてのは獲らない方が良いんだ。重さが少なくて箱詰めが面倒だからな!」
キツネと葡萄と悪魔 ごんぱち

高得点句
石川順一

 私は高得点句に狂って(魅了されて)居る。毎日御経の様に唱えて居る。「小さき嘘ひとつ書き足す賀状かな 眠り猫 ポケットに君の手という懐炉あり 黒須まりあ 万歩計ゼロに戻して初散歩 佐々一草」こうやって唱え続けないと気が済まないし、落ち着かない。食パンにマーガリンを塗りながらでも「それぞれの影を引き連れ日向ぼこ 真鍋稲穂 春を待つ仏間に黒きランドセル 好田白雲 元旦や折り目正しき割烹着 沙良々」唱えないと塗れないほどなのだ。先週の月曜日だったか(1月26日(月))封筒をポストへ出しに行くと雨が降って居たので傘をさして行ったのだが、途中で高桑蘭更さんにあったのだ。高桑蘭更さんも高得点句を唱えて居たが「隙間風ほどよき距離に妻の居り 木暮港風 やはらかきパーマをかけて春隣 福田泉 左義長の はぜる炎に 業を投げ 六訥」私も負けじと唱え返しました。「鍛錬の子等待つ浜の大焚火 玄海太郎 人日や飴切る音の帝釈天 遠藤もとい 常の日に戻る四日の靴を履く ていとく」こんな風に高得点句を唱えて居ると、私は裁判員裁判で呼び出されました。え、裁判員に選ばれたかって、違います、被告としてです。「被告は俳号をたくさん使い分けて居る・・」「ひえー。一杓の水に神あり初手水 恋怒 元日や生き長らへて明けの空 立花彰 オリオンの少し太りて冬至の湯 田圃」私はひたすら高得点句を唱えて許しを請いました。そうしたら裁判員の方たちも高得点句に理解があって「耳遠き母と筆談冬日向 森野右左義 新海苔の音も楽しむ朝餉かな 森野右左義 自転車の前と後ろに冬帽子 佐々一草」と私と同じように高得点句を唱える習慣があるらしくって、共感しあえる物があったのでしょうね、私は無罪とまではいかなかったのですが、せいぜい高得点句を唱えなさい罪で済みました。なので高得点句を唱えますね「大空に拳突き込む寒稽古 玄海太郎 いっさいの音吸い込んで白障子 福々 介錯の切っ先鈍る海鼠かな 喜一 凍滝の静かな筋となりにけり コダマヒデキ 初御空武蔵は広き国と知る 杜志於・・・」」(その後私は高得点句を唱えて放免されましたが、罰金の意味も込めて一日必ず最低でも3句は高得点句を唱えるようにとのお達しを頂きましたので、まだまだ油断は出来ません。薄氷を踏んで少女の人嫌い 健央介 やはらかく大根が煮え婚約す 江原英二 自分史の中に海鼠を飼っている 健央介・・・)