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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage3
第75回バトル 作品

参加作品一覧

(2015年 10月)
文字数
1
サヌキマオ
1000
2
植木
1000
3
緋川コナツ
1000
4
小笠原寿夫
1000
5
叶冬姫
1000
6
ごんぱち
1000
7
芥川龍之介
483

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サヌキマオ

野を歩いていると沢山の骸にあった。沢山の骸がいるということはこの辺に美味いうどん屋が出ているということである。
 うどん屋は三頭の牛によって営まれていたが、一番年嵩の牛3がとうとうくたばってしまった。おっ死んでしまった。お亡くなりあそばされた。残された牛二頭は夜遅くまで話し合っていたが、夜明けから屋台を解体すると資材を束にして、二頭に渡して運びだした。牛3が死んでからずっとうどんが出来るのを待っていた骸たちはぞろぞろと二頭の後を追い始めた。牛3は骸たちによってまもなく骨ばかりになって野に置かれた。野に置かれた頭蓋は秋の風の調子に合わせて牛の声で歌い始めた。実に風流があった。

「あのひと、もう見えなくなったかしら」
「そうね」牛1は当たりを見回した。「ボケる前は相当陽気でいい男だったわ。結局子供は出来なかったけど」
「あの人、牡だったの!?」
「ほら、見た目だけだとおじいちゃんだかおばあちゃんだかわからない人っているじゃない、その類よ」
 牛2が動揺して荷物を取り落とすのを、牛1が慌てて支えてやる。
「知らなかったわ、ここ十五年、知らなかったわ」
「歌も聞こえなくなったし、ここらでいいんじゃないかしら」
「いやでも待って、あそこにあるのって」牛2の鼻先を辿ると、たしかに緑色の丸い屋根の風車小屋が見える。
 風車があるということは小麦を挽いているということである、かもしれない。
 好都合じゃない、と相当図々しいことを言いながら二頭が小屋に向かうと、中には生活の気配がしなかった。大量の骸に取るものも取りあえず、身の回りの家財だけ持って逃げた塩梅である。いつのものかわからない小麦の粒が入っているらしい袋がいくつも積んである。
「あら、大変だわ」牛1が悲鳴をあげた。「赤ちゃんがいる。人間の赤ちゃん。あんた、おっぱいでないの」
「おっぱいはとうに出ないけど」牛2はソファーの上でぐしゃぐしゃと汚れて、息もたえだえなこどもを悲しげに見た。
「うどんの茹で汁ならなんとかなるかもしれない」
 話はといえばこれでおしまいである。赤んぼうは女の子で、うどんの茹で汁を皮切りにだんだんようやく生気を取り戻した。
「別れあれば出会いありでね。なんとかこの子が独りで生きていけるようになるまでは面倒を見るつもり」
「そんなこと、こっちが先に死んじゃうかもしれないわ」
 風車で挽いた小麦でうどんを作ると、また続々と骸の数が増えていった。
姦 サヌキマオ

植木

 最初に口にした料理は母乳らしいが、残念ながらその記憶がない。退行催眠で味まではよみがえらないのだ。人生の断片を金で取り戻そうとしても必ずしも上手くいく訳ではない。むしろ想像によって有り余るほどの空白を埋め尽くしてしまう事のほうがはるかに有意義ではなかろうか。午後九時。私は雑居ビルを出て人混みの一員になった。

 童貞を失ったのは九歳の時だった。無論、その時は自分がなにをしているかその意味を知りはしなかった。相手は十二歳。孤児院で大勢いた姉の一人だった。
 今から思えば勃起したのが不思議だが、その瞬間は姉に対して一匹の雄であったことに間違いはない。脚を腰に巻きつけ私が逃げられないようにした姉は、私の耳元で小さく喘いだ。なにか恐ろしい事に巻き込まれていると私は感じたが、そのような事は口に出せずにいた。私は自分の内側から沸き起こる恐怖を抑え込もうと姉の硬くなった乳首を口に含み吸ったのだった。そんなことがしばしば繰り返されたある日、姉は里子に出されることになった。私には悲しみという感情はなく、むしろ開放される喜びを知った。今はもう姉の名前は覚えていない。

 季節外れの陽気で狂い咲きの桜が舞う中、私は中学を卒業した。翌日から料理人となるため住み込み修行が始まった。兄弟子たちは残念なことに馬鹿ばかりだった。ある意味では刃物など持たせてはいけない人種にすら思えた。
 また、年功序列の世界では私に一切の発言権などはなかった。母屋には親方の一人娘がいて、皆に「お嬢さん」と呼ばれていた。そいつは若鮎のような芳香を放ち、涙腺を自在に操りながら男たちを翻弄していた。年頃の少年たちは娘を釣り上げようと必死だったが、いつも上手に餌だけを食まれ、するりと身をかわされるのだった。
 兄弟子たちは口々にあの脚に唇を這わせたいだの一発やりたいだのと、新鮮な鮑のぬめった表面を指先で擦りながら下卑た笑いを振りまいていた。そんなとき私は、一人になれる便所の個室で兄弟子たちよりももっと陰惨な方法で娘を嬲っていて、妄想が頂点に達した時、釣り上げられた魚の様に全身をびくつかせ白濁した体液を放出したものだ。

 兄弟子たちが「お嬢さん」を惨殺し出奔した夜、私もまた店を出た。夜気が私を包みこみ、そのまま闇の世界へと私を連れ去った。私の少年時代はその夜に終わり、その晩から私は腐臭に満ちた雑踏の中に生きる者となったのだが。

主婦と拳銃
緋川コナツ

「申し訳ございません、商品は明日には再入荷の予定です。ご迷惑をおかけします」
 小松雅子は、そう言って深々と頭を下げた。
 人気の液体洗剤が2つで328円。これ目当ての客が開店と同時に殺到し、用意していた200個の洗剤は、あっという間に完売となった。
「広告に出てたから、わざわざ買いに来たのにぃ」
 客のその言葉がスイッチとなって、顔が燃えるように熱くなった。大量の汗が額を流れる。更年期特有の症状、ホットフラッシュだ。
 そこへ店長が呑気に鼻歌を歌いながら通りかかった。
「店長。広告の洗剤、やっぱり少ないですよ。さっきまた、お客さんに怒られちゃいました」
「ああ~ゴメン。足りると思ったんだけどなぁ。小松さん、追加で発注しておいてよ」
 まるで他人事みたいな言い方に、雅子は思わず心の中で舌打ちした。
「とっくに発注済みです!」
 ハッキリ言って仕事は、店長や店に1人しかいない社員さんよりもずっと出来ると自負している。品出しは早いし、クレームの対応も、そつなくこなせる。レジも早い。売れ筋商品の流れを読むのも、店長や社員さんよりずっと的確だ。
 それなのにパート主婦というだけで見下されてしまうことに、雅子は常に腹立たしさを感じていた。
 家でもそうだ。夫は口にこそ出さないけれど「俺が食わせてやってる」という態度がミエミエだし、娘はパソコンが苦手な私を鼻で笑う。息子なんて、中学生になった途端に口さえきいてくれなくなった。毎日お弁当を作り泥だらけのユニフォームをせっせと洗っているのは、この私なのに。
 主婦って一体、何なんだろう……雅子はレジに立ち、重いため息をついた。
「ちょっとオバサン、さっさとレジ打ってよ」
 さっきの女性客が商品の入った買い物カゴを、どさりと乱暴に雅子の目の前に置いた。
 オバサンだと?さっきの虚しさが怒りに姿を変える。再びホットフラッシュのスイッチが入り、全身がカッと熱くなった。
(てめえ……ぶっ放してやる!)
 雅子は右手で拳銃を手に取った。
 コンバット・マグナム。あの次元大介も愛用していた回転式拳銃だ。
 雅子は弾薬を弾倉に装填し、コッキングの態勢に入る。そして銃口を的に向けると、意を決して静かに引き金を引いた。

 ピッ!

「いらっしゃいませ。198円が1点……」
 銃口からは弾の代わりに赤いレーザー光線が発射された。雅子は狙いを定め、スキャナーで次々と商品のバーコードを読み取っていった。
主婦と拳銃 緋川コナツ

実らなかった恋の行方
小笠原寿夫

彼女は、屈託のない声で笑う。
いたずらっぽくもあり、それが愛らしく思える日もあれば、妙に憤りを覚えることもある。
恋愛に免疫のない僕は、やはりその感情がなにものであるのか、わからない。
「映画でも見に行く?」
生意気にも、映画という大衆娯楽が、如何ほどのデートプランなのかは、理解するには、早過ぎた。
「面白かったね。」
映画が終わった後、彼女は、耳元で囁いた。
その言葉が、嘘だとしても、それは僕にとって、どうでもよかった。ただ、その声が、やたら耳に残り、僕を浮き足立たせた。

初恋は実らない。

そのジンクスは、当たった。
二人の時間を持て余した僕は、
「これからどうする?」
という何とも頼りない言葉を口にした。
彼女が退屈していることが、横から伝わってくる感覚が、痛かった。
「ねぇ、○○くん呼ぼうか。」
共通の知り合いで、直ぐに呼び出せる先輩は、その人を置いて他にいなかった。
「うん。」
今、デートをしている最中で、彼女が会いたがっている事を電話越しに伝えると、まもなく先輩は現れた。

要は、僕は試されていたんだ、と後になって気づいた。

先輩は、都会の地理に詳しく、美味しい喫茶店に僕たちを連れて行った。

二人が、退屈そうにしている空気を察し、先輩は、
「お~釈迦さまさま。」
と言いながら、彼女に向かって、手を擦り合わせた。
「こういう風にならないと。」
と、彼女は言った。
僕は、正直なところ、彼女の底抜けの明るさが、男性陣の人気であることにも気づいていたし、その先輩も例には漏れず、彼女に好意を抱いていることは、知っていた。

僕は、急にトイレに行きたくなった。

先輩に対する恐怖心と、その場の緊張感から解放されたからだろう。
私は、都会でひたすら、トイレを探した。

逃げよう。

何故か、その結論に達した。
僕は、地下鉄に乗り込み、デートをしていたことなど、嘘のように、地元に帰っていた。
その時、携帯電話の着信音が鳴った。
「どうしたの?」
彼女の声だった。
「今、どこにいるの?」

僕が、地元の地名を言うと、彼女は、いつもの屈託のない声で笑った。
「えっ、帰ったの?」
情けなかった。彼女とデートをするなら、彼女を守るのが、僕の使命なのに。僕は、自分可愛さに逃げ出した。

不覚だった。
それが、学校での格好のネタになったことは、後の祭りだが、あの時、帰っていなかったら、僕の恋も成就していたかもしれない。

悪い事をした。

こうして僕の最初のデートは、失敗に終わった。
実らなかった恋の行方 小笠原寿夫

せめて、夢ほど甘ければ。
叶冬姫

 彼女とはお昼を一緒にしたことがある。ランチじゃない、お昼だ。
 六月か七月始め頃だったか。矢鱈に雨の降る日が飛び飛びでやって来て、その合間は炎天下。その炎天下に歩き回る日々が続いていて、気が滅入る年だった。

 平日の昼間は外出していることの多かった僕が珍しく会社にいて、コンビニ弁当でも広げてみるかと屋上に登ったら彼女はそこにいた。彼女は手作りのお弁当をベンチで広げていた。名前も知らない白い花の発する甘ったるい芳香のせいで、暑さのせいだけでなく食欲が失せた。僕は痛む胃の事もあって食事をやめようかと思ったが、彼女の前のベンチに腰だけは掛けた。『どうぞ』と彼女がポットから差し出してきたお茶は熱い緑茶。嫌がらせかと思ったが、口にすると何故か汗が引き、僕の食欲は少し戻った。

 流行り物の好きだった父親が『エコだ』『屋上緑化だ』と騒いで作った庭は、『ガーデニングね』と喜び勇んだ割にすぐに飽きた母親が無闇矢鱈と植えた植物のせいで、センスの最悪な屋上庭園と化していた。この花だって少しなら甘やかな香りで済んだろうに、生け垣のように植えているから性質が悪い。ただ、工務店が仕事の父親が作っただけあって、水遣りさえしていれば何とかなる様にはなっていた。そして、飽きた母親の代わりに水遣りをしているのは彼女だった。

 僕が大学に上京して、そして他社で数年修行している合間に事務職として雇われていた彼女とは、いつか会社を継ぐために営業に明け暮れていた僕とはあまり接点がなかった。パソコンに打ち込まれた間違いのない数字の方が未だに印象深い。

 一度母親に事務職に水遣りまでさせるのはどうかと言ったことがあるが『雇ってあげてるからいいのよ』とブランドバックを手に、ハワイアンだかフラメンコか何かを踊りに行ってしまった。母親も一応社員のはずだと溜め息をついてから暫くしたら、新しい物好きの父親が新しい女と何処かに行った。とにかく手続きに追われて、会社を畳む為だけに社長になった僕は、半狂乱の母親にも何処に居るか判らない父親にも構う余裕は無かった。

 白い花。甘ったるい匂いの癖に金木犀の様に記憶の甘やかな部分を刺激することも無いあの花の名前を、僕は未だに知らない。彼女のその後と同じくらい調べる気も無いし、人手に渡ったビルの屋上がどうなったかも知らない。

 ただ、彼女の解雇を僕がしなければならなかった事だけは、父親を恨んでいる。
せめて、夢ほど甘ければ。 叶冬姫

弁当
ごんぱち

「お、村井、愛妻弁当か? 新婚は良いなぁ!」
「はい! むふふふ」
「おうおう、ご飯に桜でんぶでハートとは、お熱いな!」
「えへへ。こういうの見ると、本当に結婚して良かったなって思いますよ」
「そうだろうな。ほら、俺もこれだ」
「うわぁ、海苔でハート型だ! 寸分のディティールも疎かにしない見事な出来映え! 先輩の奥さん凄いですね!」
「はっはっは、図らずもおそろいだな、拳法殺し!」
「ええ、だけどうちの奥さんの方がうまいですよ、拳法殺し!」
「言ってくれるな、拳法殺し!」
「「わっはっはっは」」
「こらあああ、貴様ら!」
「うわっ」
「なんだお前は!」
「問われて名乗るもおこがましいが、不法侵入はすれども非道はせず、通りすがりの駄洒落適正化委員会会員番号五十三番つやつや先生こと四谷とはオレの事だ!」
「まさか貴様が?」
「実在したのか! 警察はどこだ!」
「五分で帰るから警察はノーサンキュー、プリーズ!」
「五分なら」
「聞かぬでもない」
「北斗の拳のハート様は、元々トランプのスートのハートから来ており、これは、愛情を示すハートマークと意味が大体同一だ! 従ってここに一切の駄洒落要素は存在しない! 例えるならば『セーラーの服に付いた染みは何が原因だい? セーラー万年筆だよ!』とか『じゃあねぇ、別れの時の挨拶は何だと思う? 何だと思う? 答えは、じゃあねだ!』とか言っているようなものだ!」
「ば、馬鹿な、我々の弁当が駄洒落ではないだと?」
「い、言いがかりを付けるな、これは駄洒落だ、駄洒落だとも」
「現実を認めよ! これを駄洒落として成立させるには! がぶ!」
「うわぁ、口を付けやがった!」
「ばぐっ!」
「僕のにも! 何をするんだ、こんなにくっきり歯の跡が!」
「なんて酷いヤツだ、歯の跡を付けて!」
「どうしてくれるんだ、この歯のあと!」
「まったくだ、このはあと!」
「む?」
「あれ?」
「歯の跡、歯・跡、はあと、はーと、ハート! な、なんと!」
「駄洒落、完了!」
「ハートに歯跡、完璧に駄洒落だ!」
「その二つの間に、全く関係性がない! 非の打ち所のない駄洒落だ!」
「これが、駄洒落正常化委員会の実力か!」
「ありがとう、駄洒落正当化審査会!」
「駄洒落適正化委員会だ! 駄洒落を言うのは、ダレン・シャン!」
「おおお、なんとつまらない!」
「まったくもって、つまらない!」
「正しさは時に面白さに勝るものなり! マサル、イワザル、斉天大聖!」
弁当 ごんぱち

鬼ごっこ
今月のゲスト:芥川龍之介

 彼はある町の裏に年下の彼女と鬼ごっこをしていた。まだあたりは明るいものの、丁度町角の街燈には瓦斯のともる時分だった。
「ここまで来い」
 彼は楽々と逃げながら、鬼になって来る彼女を振りかえった。彼女は彼を見つめたまま、一生懸命に追いかけて来た。彼はその顔を眺めた時、妙に真剣な顔をしているなと思った。
 その顔はかなり長い間、彼の心に残っていた。が、年月の流れるのにつれ、いつかすっかり消えてしまった。

 それから二十年ばかりたった後、彼は雪国の汽車の中に偶然、彼女とめぐり合った。窓の外が暗くなるのにつれ、沾めった靴や外套の匀いが急に身にしみる時分だった。
「暫くでしたね」
 彼は巻煙草を銜えながら(それは彼が同志といっしょに刑務所を出た三日目だった)、ふと彼女の顔へ目を注いだ。近頃夫を失った彼女は熱心に彼女の両親や兄弟のことを話していた。彼はその顔を眺めた時、妙に真剣な顔をしているなと思った。と同時にいつの間にか十二歳の少年の心になっていた。

 彼等は今は結婚して或る郊外に家を持っている。が、彼はその時以来、妙に真剣な彼女の顔を一度も目のあたりに見たことはなかった。