実らなかった恋の行方
小笠原寿夫
彼女は、屈託のない声で笑う。
いたずらっぽくもあり、それが愛らしく思える日もあれば、妙に憤りを覚えることもある。
恋愛に免疫のない僕は、やはりその感情がなにものであるのか、わからない。
「映画でも見に行く?」
生意気にも、映画という大衆娯楽が、如何ほどのデートプランなのかは、理解するには、早過ぎた。
「面白かったね。」
映画が終わった後、彼女は、耳元で囁いた。
その言葉が、嘘だとしても、それは僕にとって、どうでもよかった。ただ、その声が、やたら耳に残り、僕を浮き足立たせた。
初恋は実らない。
そのジンクスは、当たった。
二人の時間を持て余した僕は、
「これからどうする?」
という何とも頼りない言葉を口にした。
彼女が退屈していることが、横から伝わってくる感覚が、痛かった。
「ねぇ、○○くん呼ぼうか。」
共通の知り合いで、直ぐに呼び出せる先輩は、その人を置いて他にいなかった。
「うん。」
今、デートをしている最中で、彼女が会いたがっている事を電話越しに伝えると、まもなく先輩は現れた。
要は、僕は試されていたんだ、と後になって気づいた。
先輩は、都会の地理に詳しく、美味しい喫茶店に僕たちを連れて行った。
二人が、退屈そうにしている空気を察し、先輩は、
「お~釈迦さまさま。」
と言いながら、彼女に向かって、手を擦り合わせた。
「こういう風にならないと。」
と、彼女は言った。
僕は、正直なところ、彼女の底抜けの明るさが、男性陣の人気であることにも気づいていたし、その先輩も例には漏れず、彼女に好意を抱いていることは、知っていた。
僕は、急にトイレに行きたくなった。
先輩に対する恐怖心と、その場の緊張感から解放されたからだろう。
私は、都会でひたすら、トイレを探した。
逃げよう。
何故か、その結論に達した。
僕は、地下鉄に乗り込み、デートをしていたことなど、嘘のように、地元に帰っていた。
その時、携帯電話の着信音が鳴った。
「どうしたの?」
彼女の声だった。
「今、どこにいるの?」
僕が、地元の地名を言うと、彼女は、いつもの屈託のない声で笑った。
「えっ、帰ったの?」
情けなかった。彼女とデートをするなら、彼女を守るのが、僕の使命なのに。僕は、自分可愛さに逃げ出した。
不覚だった。
それが、学校での格好のネタになったことは、後の祭りだが、あの時、帰っていなかったら、僕の恋も成就していたかもしれない。
悪い事をした。
こうして僕の最初のデートは、失敗に終わった。