ぼくと力と責任と
エルツェナ
「お父さん、お待たせ」
そう言って、小一時間前までは高さ約3メートル、太さ約12センチの鉄柱であった鉄塊を、入り口から見えるボクシングジムの隅に置く。
元はリングの支柱で、見る人が見ればそう気付ける程度には特徴が残っているため、暫くはこれで道場破り避けになるかな?
「…相変わらず、強いね」
ボクシングジム側での道場破り一撃必殺は、なにもただ腕力が強いからだけじゃない――この家は両端にボクシングジムと空手道場を構えるだけでなく、その間にフィットネスジムまで挟まっているし、さらに両親がモノを教えるのも身体を鍛えさせるのも上手いから今のぼくがあるけど、幼い頃から鍛えすぎて成長が阻害されるほどに筋肉が付きすぎたせいもあって、未だに女性らしくないぼくの身体は身長140センチ有るか無いか。
「そうかな? ぼくはまだまだだと思うよ…特に心」
そのため、力を込めなければ相手の力を受け止めることができず、体躯の良い暴漢なんかに殴られると、ガードの上からでもかなり押されてしまう。
それでも、ぼくは自分の身体には結構満足してる。
というのも、よくある性的犯罪の対象にされる様なこともない体躯だし、また近間で起きた際には犯人を一撃で足止めできる力もあり、なおも逃げようとする巨漢相手には関節技を極めて強引に動きを止められる器用さもある上に、バイクや軽自動車ならば正面から止めたコトもあるから、上を目指すにせよ現状の出来は素晴らしい。
でも、それを発揮すべき時は、できる限り少なくしないと行けない…その見極め、そして他人の喧嘩に利用されることの予防などが後手に回るコトも多く、そういう意味でも使い処には悩まないといけない位に、強くなってしまったのだ。
「…ほんと、難しいよね…」
そうぼやくぼくの頭に、ぽん、と父親の掌が軽く乗った。
「…今は、それでいいさ。 たんと、悩みなさい」
父親は、そういってくれた。
「ところで、汗もかいただろうし、着替えは要るかい?」
言われて、鉄柱を拳一つで鉄塊にしたのを思い出し、頷くと、
「ほら、着替えだ」
喜んだ父親はそう言って、悪趣味なランニングシャツを渡してきた。
「またそれ?」
露骨に嫌な顔をして突き返そうとするが、
「安心しろ、サイズも近いから、胸もキチンと隠れるぞ?」
下ネタを寄越してきたので、容赦なく鼻っ柱にジャブで突き返した。
本っ当、これさえなければ良いお父さんなのに。