いつごろからか、ふと気づくと家のネコが手押し車をしているので見るたびに驚く。猫は二頭いて、それぞれカマとクワと名付けている。たいていはカマがクワの、極稀にクワがカマの両後ろ足を抱えて家の中を闊歩するのだ。しばらくしてくたびれてくると、そのままごろりと横になる。奇怪であった。幻覚を見ているのかもしれないと思ったが、家のものも見たので間違いない。
困った挙句、普段は行かぬ動物病院に連れて行ったが、そうそううまいこと医者の目の前で再現してくれるわけがない。忙しさのあまり色々な神経が剥落したような医師は「ノイローゼかもしれませんね」と呟くように云った。私は激昂した。
「いえ、そういうことではなくてですね。落ち着いてください。ノイローゼなのは猫が、です。人見さんが、ではなくて」こちらが激昂した分だけ我に返った気がする。「なんだか最近、お家の中で環境が変わったようなことがありませんでしたか、例えば、転職されたとか」
もちろん人間のあなたがです、という視線を受け止めて私は首を傾げてみせる。そういえば大掃除をしました。
「大掃除と言いますと?」
「いえナニ、田舎から両親が出てくるというのでしてね、せめて人が座れるくらいには、と思いまして」
「ああ、それかもしれません――こう、猫も自分のこととなると敏感ですからね、なにか自分も変わったことをしなきゃいけない気になったのかもわかりません」
医師も案外と冗談を云っているわけでないことが窺い知れる。抗不安剤を出しましょう、と高い薬を押し付けられ、猫の抗不安剤なんてあるもんなんだなぁ、と感心しつつ家に戻るとすぐに来客がある。前から約束していた保険屋さんで、話が終わると猫も二頭して正座している。「猫の正座」で画像検索をすると尻尾を身体に巻きつけて座った猫の写真がいくらも出てくるが、そうではなく人のする正座をしている。関節はどうなってるんだ、と観察しても微動だにしない。家のものも暢気に「やぁねぇ」などと云っている。
それからしばらくして分厚い封書が届いた。おそらくは老齢の人の字で「人見カマ様クワ様」とある。ドキドキしながら本人たちの目の前にしばらくかざし、封を切ると丁寧な文字で、自分たちの経営する児童養護施設への二千万円もの寄付に対する御礼と、施設の子供の写真が幾葉か入っている。
青くなって自分の通帳を調べたが、そもそも二千万も口座に入っていなかった。