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1000字小説バトル

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1000字小説バトルstage3
第99回バトル 作品

参加作品一覧

(2017年 10月)
文字数
1
サヌキマオ
1000
2
Bigcat
1139
3
ごんぱち
1000
4
小笠原寿夫
1000
5
小川未明
1166

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ぐりとぐろ
サヌキマオ

 父の古い年賀状の住所を辿ると、はたして山の中腹に住まいがあった。観光地としては見どころの無い山林で、よほどの事情がない限り訪れる人もないだろう。例えばきのこ狩りとか、狩猟とか、人探しとか。
 呼び鈴を押すと、ややあって老いた住人が顔を出した。歩くのもやっとの様子ではあるが、見慣れた青いオーバーオールは間違いなく彼だった。何よりも、伯父は父にそっくりだった。
「この年になると葬式なんか嫌でね。随分失礼したよ」伯父はお茶を淹れてくれる。あらためてソファーに座ると僕の顔をまじまじと見た。「いや……弟とはいえ、正直顔は覚えていないんだ。でも君は兄に似ている。ぐらにそっくりだ」
 ということは弟である君のお父さんにもそっくりなんだろう、と一息ついた。伯父に合わせて僕もお茶を飲む。枯葉の他にもっと複雑な、森の菌糸の匂いがする。居心地のいい味だ。
「それで、ボクのことをどうやって知ったのかね。ええと」
「セメジです」
「セメジ君、うん――」伯父はまた考え込んだ。「そのナリということは、君のお母さんは」
「ええ、人です」
「そうか、人か。だったら余計に気になる。なぜ君は」
「前々から気になっていたのです」ようやく語るときがきた。「『ぐりとぐら』が双子の野ネズミの兄弟だというのはおかしいな、と思ったのです。そこがすべての始まりでした」
 伯父は目を瞑って大きく頷いた。「その理屈はわかる。だいたいネズミの双子というのは、難しい」
「そうです。野ネズミは一回に十二匹ほどのこどもが産まれると聞いています」
「左様。それで、君のお父さんはボクの兄弟でないか、と思い至ったわけだ」
「そういうことです。何と言っても父はネズミだったし、父がネズミだったことでずいぶんいじめられもしました。今となっては気にしちゃいませんが」
「なるほど」
 来るとわかって用意していたんだ、と伯父は手元のアルバムを開いて見せてくれた。「ご推察どおりだ。ボクには同じに産まれた十二匹の兄弟がいてね。上からぐら、ぐり、ぐる。ぐれ、そして君のお父さんのぐろ。続いてぐわ、ぐを、ぐん……」
 古ぼけた写真には仰向けの母親の腹に群がる十一匹の子ネズミがいる。二匹は産まれてすぐ死んでしまって、名前をつけなかったらしい。
「すぐにみんなバラバラになってしまったよ。まぁ、森の中のちっぽけな生き物だものな」
 伯父は屈託なく笑うと「どれ、かすてらの用意がある」と立ち上がった。
ぐりとぐろ サヌキマオ

酒場人情
Bigcat

 午後十時。たった一人で飲んでいたサラリーマン風の中年男性が勘定を済ませて店を出ると、居酒屋の中はしんと静まり返った。客がしっかりガラス戸を閉めていかなかったので、冷たい木枯らしが吹きこんできて、カウンターの灰皿をカタカタいわせた。
 小さな居酒屋を営んでいた初老の斎藤夫婦は売り上げが思わしくないので、今日11月30日を最後に店を閉めることにした。
「やっぱり場所がわるかったんかしら。駅からだいぶ離れてるしね」
 と妻がため息まじりに言うと、
「わしらどだい、この商売向いてへんのや。口が重くて、お愛想の一つ言われへんから、いつも店の空気がよどんどるわ」
 と斎藤が沈んだ声を出した。
「これから先、どうするの」
「トラックの運ちゃんでもやるか。人が足らんそうやし」
「今日はもう看板にする?」
「そうやな……」
 と斎藤が言いかけると、ガラッと威勢よくガラス戸が開いて、職人風の四角い顔の男が入ってきた。
(ちぇっ、最後の最後に嫌な奴が来よったな)
 斎藤は内心で舌打ちした。
 現れたのは近所に住む、とび職の山岡だった。彼は一年前までは、この店の常連だったが、ある晩、斎藤に、
「今日はつけといてんか?」とおもねるような調子で言った時、すでにだいぶ勘定が溜っていたので、
「あかんわ。もう三日連続やで」
 と斎藤が渋い表情で断ると、急に口調が荒くなり、
「おまえは何様や。それが客に対するたいどか。おれは常連なんやで」
 と、すごんだ。斎藤がとりあわないでいると、
「おまえ、俺のことなめとんな。俺のダチ公に頼んだら、こんなしょうもない店、一日で終わりや。覚え時や」
 しぶしぶ勘定を払ったのち、椅子を蹴って店を出て言った。横に立っていた妻が斎藤のわき腹をそっとつついた。他の客がびっくりしたような表情で斎藤の様子をうかがったからだ。
「あんた、ええの?山岡さん、えらい怒ってたわよ」と妻は心配顔だ。
「ほっとけ、ろくに注文もせんと、ぐだぐだぬかしながら二時間も三時間も粘りよるんやから。つけも大概にしてもらわんとな。」
 以来一年、山岡は店に姿を見せなかった。
 その木枯らしの吹く夜、山岡はすでに大分酒を飲んでいるとみえ、椅子にどっかと座るなり、からみ始めた。
 「てめエ、忘れてへんやろな。一年前は大目にみてやったけどな。まだ、店を続けるつもりなんか?ええ度胸してるやんか。こんなちんけな店、明日にでもつぶしたるで」
 斎藤はこのときとばかりに静かな調子で言った。
「そう、明日この店、閉めるんです」
 すると山岡は、
「そ……、そうか」
 と答えたが、次の言葉が見つからないとみえ、チューハイ一杯とお通し代、七百円のところ、千円札一枚をカウンターに置き、
「釣りはいらんから」
 と言い残し、そそくさと店を出ていったのだった。
酒場人情 Bigcat

休日ブックオフ
ごんぱち

 日曜日の昼前、そのチェーンの古本屋に入って来たのは、中年の男だった。
 立ち読みをする青年、目当ての本を探して歩き回る中年の女、ワゴンセールの本を漁る少女、ゲームソフトの棚の前で相談する男女、老若男女様々な客の姿がある。その誰もが、休日ののんびりとした表情をどこかに浮かべている。
 男は文庫版の漫画の棚に行き、本を一冊手に取り開く。
 店内に流れていた曲が途切れ、男女二人の喋りになった。古本チェーンのオリジナルの番組で、ランキングと称してお勧め商品を伝える。その後、買い取りの案内や、セールの予告などが入り、短いオリジナルの歌が入る。
 男はページをめくる。
 往年の名作。
 男はそれを幾度か読んだ覚えがある。
 巨大な人型の機械に乗った少年の物語。ロボット、という言葉の誤用を広めたとも言える、アニメにもなった作品。
(いや、アニメが先だったか)
 またページをめくる。
 主人公が、また敵を倒す。このエピソードの敵は、純然たる敵対行為を取るが、その目的は生みの親の悲願を果たす、純粋な想いに満ちている。敵と心を通わせていた主人公の弟は、主人公の駆るロボットに、何故勝ってしまったのか、何故負けぬのかと問いかける。
 と。
 男は前触れなく本を閉じ棚に戻すと、斜向かいの棚に向かっていた女との距離を一気に縮める。
「!?」
 女が小さく声を上げたのは、男に右手首を掴まれ手錠をかけられた後だった。不意打ちに抵抗するまもなく女は床に組み伏せられる。
 女の手にしていた本が床に落ちる。開いた本のページはくり抜かれ、掌に収まる程の、白い細かな結晶の詰まったビニール袋が納められていた。
「確保っっ!」
 男が怒鳴ると同時に、店内に私服の警官が突入して来た。

「ご協力に感謝します」
 容疑者を引き渡した後、バックヤードで男は店長に敬礼する。
「最初は万引きかと思ってマークしていたんですが、まさかドラッグの売人だったなんて」
 店長の顔はまだ紅潮していた。
「無茶せず通報していただいて良かったです。武器も所持していましたから」
「はい」
「改めて、ありがとうございました」
 敬礼をして、男がバックヤードから出て行こうとした時、店内放送で歌が流れ始めた。
「店長さん」
 男は足を停め、振り向く。
「お互い、出来れば休日は、休みたいもんですな。出かける場所がロクに思いつかないにしても」
「まったくです」
 店内放送はまた買い取り方法の説明をし始めた。
休日ブックオフ ごんぱち

暗い青春の夜明け
小笠原寿夫

 銀行も開けやらぬ頃、私は、昨日の続きを書いていた。思えば、そうして生きてきた。
 高校受験のときも、そう。大学生活のアルバイトのときもそうだった。書くことが、習慣になったとき、私は、一度も外の世界を見たいと思わなかった。ここにいれば、どんな空想も浮かぶし、夢だって見られる。
「現実は、事実。」
そう残した、噺家さんが、居たそうだ。その高座を聴いたお客さんが、寄席から出たとき、どれだけ清々しい気分になったかは、計り知れない。
 虚構の世界から、現実に戻された時の快感は、何度味わってもいい。夢から覚める瞬間に、似ている。
 混沌から秩序へ。野暮ったい表現をするならば、そういうことだろうか。
 人が、大人に成長するときにも似ている。
 書くことは、マスターベーションにも似ているし、読むこともマスターベーションに似ている。物語を書くに当たって、太宰治という人は、最後は、嫁に口答で伝えたことを、書かせていたそうである。それだけ小説には、魅力を感じるし、それに見合うだけの快感もある。人は、快楽を求めたがる。それが、苦痛に思えるように、なることもある。それを作家は、スランプと呼ぶ。
「新しい発想が産まれない。」
その辛さは、恐らく、作家をしていれば、一度は経験するのではないだろうか。コンスタントに、発想が産まれる楽しみは、ある日、枯渇する。そうして、長いトンネルを潜り抜けたとき、また、違った角度から、物事が見えるようになってくる。
 そこに、方法論も方程式もないが、卓上の空論で言えば、それに近いものはある。
 難解なパズルを解いた時の様な。目の前に出された命題を解いた時の様な。
「面白いか。面白くないか。」
それを、主観だという人も居れば、客観だという人も居る。
 ある商品が、世に出たとしよう。その時に、その商品は、売り手の主観から、買い手の客観に変わる。当たり前のことだが、重要なことだ。学生時代というのは、全てが主観で成り立っていた。それが、社会というルールの中に、放り出されると、一気に客観に変わる。
 私が、マスコミを目指して、就職活動をしていた頃、フジテレビの社員さんの先輩からのアドバイスを読ませていただいたことがある。
「ひとつでもいいから、何か作ってみなさい。そして、もうひとつ作ってみなさい。そうすると、自分の作りたい物の方向性が見えてくるから。3つ作れば、それが面になり、自分の作風がわかります。」
暗い青春の夜明け 小笠原寿夫

町の真理/貧乏人
今月のゲスト:小川未明

 達者のうちは、せっせと働いてやっとその日を暮らし、病気になってからは、食うや食わずにいて、ついに、のたれ死にをしたあわれな男がありました。その死骸は犬ころのしかばねと同じく、草深い、野原の隅にうずめられてしまった。そして、その人の一生は、終わってしまったのであるが、彼の霊魂だけは、どうしても浮ばれなかったのです。
「文明だという、にぎやかな世の中に生まれ出て、いったいどんな仕合しあわせを受けたろう? 生きている間は、世の中のために仕事をした。死んでも形だけの葬式一つしてもらえなかった……これでは、犬や猫と同じであって、冥土の門もくぐれないではないか?」
 霊魂は、全く浮ばれなかったのです。立派な寺へ行って、お経をあげてもらい、丁寧にとむらいをしてもらってから、冥土の旅に就こうと思いました。
 うす曇った、風の寒い日の午後のこと、この貧乏人の霊魂は、かんの前をうろついていました。
「誰か、冥土のみちづれにするものはないかな」と、人間を物色していたのです。
 ここに、金持ちの老人がありました。何不足なく暮らしていました。ただ、もっと見たい、もっと知りたい、もっと味わいたいという欲望は、かずかぎりなくあったが、だんだん体力の衰えるのをどうすることもできませんでした。
 寒い風の吹く中を、この老人は歩いて来ました。棺屋の前にさしかかって、ふと、その店先にあった棺や、花輪が目に触れると、
「あの中へ、誰か入るのだろうが、このおれも、いつか一度は、入らなければならぬ。ああ、そんなことを思っても、気が滅入って来る……」と、頭を振って、通り過ぎようとしました。
 これを見た霊魂は、冷たい青い笑いをしました。そして、金持ちの背中へ、そっと、しがみつきました。
「おお寒い! 風邪を引いたかな」
 金持ちの老人は、思わず身ぶるいをして、家へ急ぎました。
 それから、十日ばかり経つと、金持ちは、風邪がもとで死んだのであります。
 生きている間は、自動車に、乗ったことのない貧しい男の霊魂は、いま金色の自動車に乗せられて、冥土の旅をつづけました。またありがたいお経によって、すべての妄念から洗い浄められた。金持ちの霊魂は、平等、無差別の生れる前に立ち返って、二つの魂は仲よくうちとけていました。
「こうして途づれがあれば、十万億土の旅も、さびしいことはない」と、金持ちの霊魂が言えば、
「なぜ、娑婆にいるうちから、こうして、お友達にならなかったものか……」と、貧乏人の霊魂は、いぶかしく感じました。
 あちらの空には、ちぎれ、ちぎれの雲が飛んで、青い水色の山が、地平線から、顔を出して微笑しています。秋雨の降った後の野原は、草も木も色づいて、鳥の声もきこえませんでした。
 金色にかがやく、棺を載せた自動車は、ぬかるみの道をいくたびか、右に左におどりながら、火葬場の方へと走ったのです。