冷たい萩の花がほろりと零れました。
力のない風が、黄色い一枚の木の葉に引掛って嘆いています。
蟋蟀は穴の中から頻りに溜息を洩らしています。
萩の散る音も、風の嘆きも、蟋蟀の溜息も、みな一様にふと杜絶えた隙間に、
よく耳を澄ますと、廊下を楊子共の行列が通ります。
奥の一間には、ご病気のお姫様が、乳母と寝ていました。
お姫様は神経で、あんまりこわいので、乳母をお起こしになって
『乳母、あのポクポクと按摩のように、杖を突いて、廊下を歩いているのは誰でしょう』とお尋ねになりました。
『お姫様、お姫様、美しいお姫様、あれはお楊子で御座いますよ』
そこで美しいお姫様は大変ご安心なさいました。
お姫様は、楊子を大変お好きでした。
お姫様は、一本の楊子をちょっとお使いになると、もう、直ぐとお捨てになりました。
ご病気のお姫様は、ただ、お暇で、ご退屈で、仕様ないものですから、それでお楊子をお使いになると、捨てられるのでございましたが、
捨てられた楊子達は、それを大変悲しく思いました。
それはいい香りの楊子で、どれもこれも、柄のところに細い金糸を巻きつけていました。
次の晩も、葉の散る音、風の嘆き、蟋蟀の溜息が、一様に、ふと杜絶えた隙間に、
よく耳を澄ますと、廊下を楊子共の行列が通りました。
ご病気のお姫様は、怖いので、また、乳母をお起こしになって、
『乳母、あのちゃらちゃらと夜番のように、かぎを振って、廊下を歩いているのは誰でしょう』と、お尋ねになりました。
『お姫様、お姫様、美しいお姫様、あれもお楊子で御座いますよ。お楊子の金の糸と、他のお楊子の金の糸とが鉢合わせをするので御座いますよ』
そこで美しいお姫様は、余りの可笑しさに、微笑まれました。
その次の晩も、物音のふと杜絶えた隙間隙間に、
よく耳を澄ますと、廊下を、楊子共の行列が続きました。
奥の一間では、お姫様のご病気が重って行くのでございました。
乳母が、お姫様の枕元に看病していました。すると、
美しいお姫様は、死の輝きに燃えて、おずおずとした目附きで、こうお尋ねになりました。
『乳母や、あのツンツルツンノテンと、楽器を弾いて、廊下を歩いているのは誰でしょう』
乳母も恐ろしさに身を震わしました。
『お姫様、美しいお姫様、お姫様はお熱をお病み遊ばしていらっしゃる。あれは矢張り、お楊子が、お廊下の上を踊りをして歩いているので御座いますよ』
美しいお姫様は、それを聞くとこわいと仰せられてお臥せりになりました。
その夜が明けると、廊下には、松の枯葉が散っていました。
昨夜の楊子共は何処へ行ったのでしょう、奥の一間からは、お母さんやお父さんの啜り泣きが聞こえて来ました。
美しい美しいお姫様は、お死去なされたのでした。
今でも、萩の散る音、風の嘆き、こおろぎの溜息が、一様に、ふと杜絶えた隙間隙間に、
よく耳を澄ますと、廊下を楊子共の行列が続きます。
『ポクポク、ちゃらちゃら、ツンツルツンノテン……』