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第1回1000字小説バトル
Entry5

楽園

作者 : 東京りんご
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『ぼくは当分もどらない。その間、部屋をあずかっていてくれ。
 今日、彼女が残りの荷物を取りにやってくる。その後は好きにし
ていい』
友人のYから届いたこの手紙をいいことに、ぼくは前から温めてい
た計画を実行することにした。そして夏の日の朝、小さな水槽一つ
抱えてこの部屋に引っ越してきた。
(どうせYと喧嘩別れした女だ。どう思われたってかまいやしない。)
Yは、やけにバスルームに凝る男だった。
ぼくは大理石の浴槽に浄水を満たして、持ってきた水槽の熱帯魚た
ちを放った。それから居間にあったパキラとかフェニックスとか、
ありったけの観葉樹を持ちこんで、鳥かごの中のオウムとインコを
自由にした。
それが済んだら、今度はぼくが自由になる番だった。

サラリとした、ふしぎと乾いた感覚のする生ぬるい水にひたる。

足の間を青銀色の熱帯魚たちがすりぬけて、天井では南国の鳥がさ
えずる。ぼくは水という生き物に似た循環する存在に抱かれて、世
界と交わっているような気がした。排水口をぬけて天に上がり、大
地をたたき、遠いアマゾンの水に溶け込むような.......。
と、居間の方でグラスの割れる音がして、ドアに体当りするように、
かの女が入ってきた。手には真新しい剃刀、濃いバーボンの匂いが
する。
水をのぞきこむ険しい目が、かすかに微笑んだ。
「フフ...死ぬ前に一度、魚と泳いでみたかったんだ。」
そうつぶやいて、かの女は服を脱ぎ捨てた。
銀色の鱗に似た剃刀が、きらきら光りながら水底に沈む。
その時になって、ぼくは自分が本当に水と同化していると知った。
そして姿を消したYもまた、同じく水と化して隣にいることも。
水が「ぼくたち」の邪念を洗い流したように、欲望のかけらもない、
ありったけの優しさをこめて、かの女を包んだ。
二人の間にあった愛の名残を抱くように。
溺れないよう透明の指先で頭を支えられながら、水の中でまどろむか
の女は、どこかで見た、水死したオフィーリアの絵に似ていた。






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