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第1回1000字小説バトル
Entry6

生病老死

作者 : 海坂他人
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 最近、ヴィールスを飼っている。
 どこに飼っているかといえば腸と、咽喉の粘膜である。
 ヴィールスなる生き物が何匹いるか、またそこで彼らが何をして
いるのかは飼い主に知れようもないが、とにかく生めよ増えよ地に
満ちよとばかり栄華を極めているらしく、それは栄養吸収の困難と、
喀痰と、そして微熱という結果を飼い主にもたらしている。
 子供の時分、よく風邪を引いて寝込んだ。
 胃腸をやられると言うより、神経質で、たいていのものは咽喉を
通らなくなるので、食いたいと言ったものは何でも食わせてもらえ
た。何でもと言ったってヨオグルトとか、プディングとか、摩り下
ろした林檎とか、そんなものである。
 これが父の世代になると、ゆで卵を食わせてもらえたとか、牛乳
を飲ませてもらえたとかいう話になるのであるが、とにかく病人は
病気というだけで、ふだんは通らない関所が通る。病気は苦しいが、
この手形が得られるというのは、かすかに嬉しいものである。

 先日、母の伯母が死んだ。
 葬式まで、しばらく母が忙しく、その間の家事を担当して疲れが
たまったのが、ヴィールスの飼育からなかなか解放されない原因と
思われるのだが、それはまあどうでもよい。
 九十三歳の高齢で、肺炎で入院していたのであるが、最後には胃
袋に孔をあけて栄養を注入したという。むろん本人の希望も何もあ
ったものではないが、死にゆく人間の何でもありは、風邪などの微
病の比ではないこと、当然である。

 しかるに彼女の肺炎になった原因は、寒いのにずぼんを下ろして
歩き回っていたせいだろうと、いうのである。
 痴呆と名の付くほど病的なものではない証拠には、その行為は家
の中に限り、息子に止せと言われると止すのだそうで、いわば軽い
「童返り」であろうか。
 母はその通夜に参列して、夜も更けてから帰ってきたのだが、厠
に入ったと思ったらずぼんを上げずに出てきた。
 すぐに衣服を更めるからという理由はあるのだが、以前にはなか
った行動のようである。肺炎になるよ、と言って笑い合ったが、内
心ぎょっとした。

 生病老死を人間の四苦という。
 このうち病・老・死が、一種の免罪符になるならば、「生」――
要するに人はただ生きているだけでも、赦されていると言っていい
ように思える。

 この考えをY君に話したら、どんな反応を示したろうかと思うの
だけれど……彼は今頃、どういう世界に住んでいるのだろうか。






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