第2回1000字小説バトル
Entry11
幼少の頃を想うと、あたしは錦繍の心を身に纏い、大空を虚ろに 眺める夢を見て過ごしていた。あの大陸を飲み込むまでの大洪水が 起きた時でさえもあたしは水の中で魚になった。やがては水がひい た後の石塁を積んだ土手の向こうを見に行くと、水面が渦を巻いて いて、予想どおりの景色を食い入るように見つめて歓喜した。 そして雨上がりの土手の斜面に淡く紫色に輝く木蓮を眺めるのが 好きだった。 父からおこずかいをもらうと、家族の食料を買う為に慶州まで足 を運ぶのが日課だった。 今、あたしはもうその場所には居ない。もうすぐ夜が来る。あた しは昼間に買ってきた木蓮の六花弁を一枚、一枚千切りあの頃を想 った。 あたしは、陳が好きだった。陳は学生だった。彼は学費を稼ぐた めにあたしの家に住んでいた。陳はあたしが母に叱られたときもあ たしを庇ってくれた。陳はあたしにとってただ一人の友達だった。 あるとき陳は、笑いながら大きくなったら結婚しようと言った。あ の頃はやさしい時間が流れていた。 突然世界が一変した。見なれ ない軍服を着た兵隊達があたしの住む村にやってきた。父はあたし に家の中に隠れていろといった。あたしは陳に何が起こったのと尋 ねると、彼は満州事変が起こったのだと教えてくれた。 刹那、銃の発砲する音が聞こえた。あたしは家の隅に行き、両耳 をふさぎ震えていた。そして陳が様子を見てくると言って外に出て いった。陳はそれっきり帰ることはなかった。あたしはあの時の光 景を一生忘れないと思った。 あたしはもう一度木蓮の花弁を嗅ぎ、数を数えた。 一枚目は陳。二枚目は母。そして三枚目は父。 「琳香、何をしているんだい?」 振り向くと、男に後ろから抱きとめられた。 「ウウン。ナンデモナイヨアナタ。」 あれから孤児になったあたしは、兵隊に連れられて日本にやって きた。兵隊の一人はあたしに親切にしてくれた。幼かったあたしに は何もわからないと思ったんだろう。しかしあたしにはすべてわか っていた。歴史の闇に隠れている真実を。その後あたしはその兵隊 と結婚した。 身よりもなくここに連れてこられた、あたしはそうするより方法 がなかったんだと自分にいいきかせた。 「琳香、俺のこと愛しているか?」 男は憎憎しい微笑を浮かべた。 「…・・アイシテルヨ。」 なにもかもわかってるくせに……。 −あたしは今夜も花弁を数える。
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