第2回1000字小説バトル
Entry22
ポケットの中にモルヒネが入っている。 白っぽく光るその結晶群に、僕の興味は掻き立てられた。身を乗 り出した僕に、一子は意地悪くモルヒネがアヘンの主成分であるこ とを告げた。苦くて、中毒になるのよ。僕の指に触れさせぬよう、 薬包紙に包み、小さなビニール袋に入れると、一子は得意げに笑っ た。あんたにあげる。 受け取った僕の頬は冷たかった。けれど、指先はジンとくすぐっ たくなったのを覚えている。どうして一子がモルヒネを差し出した のか分からなかったが、一子が僕に何かをくれるということが、と ても嬉しかった。 その頃の僕と言えば、すこぶる体が弱かった。熱を出す度、もう 死ぬんじゃないかと思っていた。その度一子は、あんたが死んだっ てどうってことないわと、いつも笑っていた。 そんな一子の態度は溜まらなく僕を悲しくさせたが、一度だけ、 死んだらあたしとキスできないわよと囁いてきたことがある。そし て熱にうなされる僕に覆い被さり唇を重ねた。重なった唇から一子 の震えが伝わってきて、僕はそっと目を閉じた。 それは、モルヒネのようなキスだった。 けれど、実際一子から貰ったモルヒネを使ったことはない。アヘ ンの主成分であるモルヒネは、僕にとっては恐ろしい麻薬でしかな かった。どんなに体が熱くても、苦しくても、呼吸が荒くても、僕 はパジャマの胸ポケットに手を当てて、中でくすぶっているモルヒ ネに挑むように呟いた。絶対に使わないぞ。熱い息を吐きながらい つも呟いていた。 あんたは詐欺師ね、と一子は笑う。すっかり弱々しさの消えた僕 に向かって意地悪く目を細める。あの守ってあげなくちゃと思わせ る、可愛い少年はどこへ行ったのよ。 よく言うよ。僕は今でもポケットに忍ばせているモルヒネを意識 しながら、口を曲げた。随分いじめられた気がするがね。 一子は笑った。あれはあたしの愛よ。うそぶいて囁く。甘い甘い 愛なのよ。 これが愛ねぇ。ポケットの中からモルヒネを取り出し、僕は胡散 臭げに眺めた。 ビニール袋の中には、薬包紙に包まれてモルヒネが眠っている。 潮解してシミを作り、甘い香りを放っている。 どっちが詐欺師だよ。かなり無理のあるモルヒネに頬が緩む。一 子のモルヒネはきっと砂糖のごとく甘い。 くつくつと笑いながら、確かにこのモルヒネには一子の愛が詰ま っていると思った。 出来そこないの甘い甘いモルヒネに、僕はすっかり中毒だった。
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