第2回1000字小説バトル
Entry25
政宗は秀吉への恭順を決意した。 彼には奥州探題の名門・伊達家の主としての矜持があった。また 父の仇敵の体躯を力任せに五分刻みにするほど獰猛な若武者でもあ る。屈服など考え難かった。 だが秀吉は上杉・徳川・真田ら数多の大名を従え、二十数万もの 大軍を小田原に着陣させた。朝廷に奏上して発せさせた停戦の詔を 無視した北条家を朝敵として滅する名目である。これを征伐した後 は、同じく勅令を無視し領地を広げた伊達家にも迫るのは必定だっ た。奥州では悉くを斬る勢いの政宗も、二十万余が相手では勝算は 絶無。遅参への叱責も覚悟の上で秀吉の許へ畏まりに行かねばなら ぬ。即座に首を刎ねられるかもしれぬが、合戦に及べば城ごと壊滅 する。ならば死中に活を得るしかなかった。 小田原出発の前日。 政宗の母・義姫が自ら手料理を振る舞いたいと申し出た。 思えば、隻眼ゆえか母には疎まれて育ち、その愛情は専ら弟の小 次郎に向けられていた。なぜ母に抱いてもらえぬのかと煩悶した幼 少の砌を、政宗は苦笑と共に思い出す。 その母とも今生の別れになるやもしれぬ。 政宗の眼前に膳が運ばれた。菩薩の笑みで見守る母の前で合掌し、 味噌汁を一口啜る。 静かに箸を置き、直後、堪え切れず嘔吐した。控えていた腹臣・ 片倉景綱が吃驚して駆け寄ったが、政宗は咳込みながらもそれを手 で制し、懐中から丸薬を取り出して飲んだ。 義姫はいつの間にかその場から消え、そのまま伊達家を出奔した。 考えられる行先はひとつしかない。 隣国の最上家。彼女の実家である。 政宗が母に毒を盛られたのは、愛だの情だの、そんなものの所為 ではない。義姫は兄である最上家当主・義光の指図で動いていた。 秀吉の許へ恭順に向かう政宗を、腹の中で「弱腰」と軽蔑している 家臣も少なくない。出発前の政宗を弑すれば凡庸な小次郎を後釜に 据えるのは容易と義光は目論み、謀った。 政宗はそう睨んでいた。秀吉に殺されるならまだしも、と伯父へ の憎悪を覚えた。 実際、後に伊達家と最上家の間に合戦が勃発する。 政宗が周到に解毒丸を持っていたのは、母に毒殺される可能性を 予見していた証である。しかしそれでも、母の初めての手料理を食 さずにはいられなかった。そして裏切られてもなお母を憎悪できず にいる。 獰猛さのなかに別物が潜んでいる、と片倉は思った。 真紅に染まった太刀を片手に、濡れた隻眼で弟の骸を見下ろす男 の青白い横顔を見ながら。
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