第3回1000字小説バトル
Entry10
天界一の弓の名手がいた。でも、なんかあって、地上へ落とされ た。人間の女と結婚した。なんかあって、仙人から二粒の薬を手に 入れた。一粒で不老不死になれ、二粒のめば天界に行ける。二人で 一粒ずつのむ約束をしていたのに、人間の女は、こっそり二粒のん だ。天に昇る途中、バチがあたって醜いガマガエルになり、天界へ も行けずに宙にとどまった。それが月だ。 そんな、僕が語った中国の神話を、リリは喜ばなかった。喜ぶは ずがないか。 「『竹取物語』の方が、十ギガ倍いいわ。知ってる?」 「知らない」 今日、リリは、ペキン発プトレメウス行の便で帰るため、高速リ ニモ“土龍号”が僕たちを北へ北へと運んでいる。もう黄河をくぐ ったんじゃないだろうか。ただ黒いだけの車窓に、青く染めあげた 髪を映して、天然の青い目を僕に向けた。初めて会った時、つい二 週間前のことだけど、この髪と目が気に入らなかったのに。 赴任先のゲーリケから、父さんが連れてきた同僚の娘。僕より五 つも年下で、大学受験で忙しくなる前に功夫を習いたいと、バカげ た理由でやって来たから、髪も青かったから、こいつはバカにちが いないと思った。たかが半月で功夫が身につくものか。それでも毎 日、道場に通って適当なカタを覚えてきては、僕たち家族の前で披 露するから、ああ、正真正銘のバカなんだな、と同情すらしそうだ ったのに。 三日前、父さんに言われたから、僕はリリを連れて天望塔に登っ た。僕の住む街から、地中から高く突き出していて、地上を見渡す ことができる。見渡したって、なにもないじゃないか。僕たちが百 年かけて地中に潜っているあいだ、地上は百年かけて腐っていった のだ。なんでもない灰色の礫地に、それでもなにか作業している重 装服の人間がいて、それを見下ろしていた僕だったが、リリはもっ と遠くを見ていた。はるかかなた、海があった。僕はえらく納得し て言った。 「そうか。月の海には水がないもんね」 返事はなかった。白い海、写真で見たけど、昔は青かった。空も 今よりぜんぜん青かった。写真には嘘があるかもしれない。でも、 青かったと誰もが言う。リリの髪、いや、瞳のようにか? 改札口で別れた。家に帰って、ネットで『竹取物語』というのを 読み終えたころには、夜の時刻になっていて、リリが月に着いてし まう前に、また天望塔に登った。あげく、にじんだ月に向かって弓 を引くポーズをしてみた僕は、正真正銘のバカだ。
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