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第3回1000字小説バトル
Entry17

人として

作者 : 森川音央
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 「千春に、そんなに壮絶な過去があったのか。」僕の心の中には
信じたくないという気持ちが湧き上がってくるとともに、なぜか再
確認するような言葉を無意識のうちに聞き返していた。
 「でも、浩之が思うほどではないと思うけどな。千春にとって。」
二人で飲んでいた千春の同級生である美佳がそう呟いた。僕にはそ
の言葉ははっきりと聞こえたが、美佳は僕に対して言うような感じ
ではなく、自分に言い聞かせるような口調であった。
 
 千春とは中学時代の同級生であったが、高校は別々になってしまっ
た。しかし、僕が大学生になって同じ学科の美佳と知り合いになり、
美佳が千春と高校が同じであったということを、彼女と知り合って
半年後に知ったのである。そして美佳を通して、再び千春と再開し
たという訳である。

 僕は千春に対して借りがある。それは、去年の冬のことである。
ふとしたきっかけで、僕は前の彼女と喧嘩をして別れてしまった。
その当時はとても辛かった。高校時代から三年半も付き合ってきた
彼女だったからである。そんなやりきれない僕を慰めてくれたのが
千春であった。

 「でも、中学時代の彼女を考えると、そんな事はないだろう。」
僕は屈託なかった当時の千春のことを思い出していた。しかし美佳
は、僕の言葉に対して黙ったままグラスを口に運んだ。たった三年
そこそこの歳月が人の人生をそうも狂わせるのか。いや、それだけ
時間があれば十分であるかもしれない。僕の人生経験が未熟なだけ
ということか。

 でも、なぜ失恋した時に、千春は何も言わずに僕のそばで一夜を
ともにしてくれたのだろう。僕が自暴自棄になっているのを見て、
彼女なりに何かを僕にしてあげたかったのであろうか。

 美佳との会話も、それっきり段々となくなってきた。このままい
てももう話すことはないだろうと判断して、今日はもう帰ろうと美
佳に言い、そして店を出た。美佳とは帰る方向が違うため駅の改札
で別れた。別れたあとも、週末の一時を楽しんだ人々の喧騒とは裏
腹に、僕は一人呆然と帰りの電車をホームで待っていた。
 しかし、世の中は時として不条理な運命を、人に押し付けるとき
があるのかもしれない。たまたまそれが、千春であったのだ。そう
思いながら、僕はさっきの美佳の言葉を思い出していた。

 「千春って、二回も中絶しているのよね。理由は教えてくれなか
ったけど。」






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