第3回1000字小説バトル
Entry18
竜一は書棚から抜き取った本を、学生服の下に滑り込ませた。 街に薄闇のせまる時刻であった。バス終点前の小さな本屋で、彼 は母の迎えの車を待っていた。 しかし竜一は、高校生にもなって親の送迎に頼るという、この状 況にいつも不服を感じていた。家が遠く、部活で遅くなるからとは いえ、それは不甲斐ないこととしか思えなかった。 せめてもの自分を立てる手段として、彼は万引きをした。一匹の 雄として秘密の狩猟を行っているのだった。 素早く、しかしさりげなく。竜一は今日もその通りにした。しか し今日はいつもの仲間が誰もおらず一人きりであるということを、 彼は忘れていた。 店の戸口で、嵐のような力が、彼を襲った。 竜一は警察へ曳かれた。 「それでは、――につきましては無期停学ということで、先生方の ご指導をお願い致します」 形ばかりの校長の決裁の後、職員会議の議題は、書店から名前の 挙がった、彼の仲間たちに移った。 「生徒の写真帳を見せてほしいという要望で、何かと迷うところで はありましたけれども……ここはやはり、こちらとしては従わざる を得まいと……。」 「この五人に関しては、去年の夏からの常習犯、九分九厘までまち がいないという話でありました。しかし、他に証拠はない状況で、 学校として事情聴取体制に入れるものかどうか……。」 「やはり、全体に対しての注意にとどめるのが無難かと……『生徒 の人権』は最近何かと喧しいことですし。」 「今日は竜一、来てないな。」 「風邪でも引いたんじゃねぇの。」 真二が隣のクラスから、わざわざ訪ねてくるとは珍しい、と和也 は思った。しかも何か深刻そうな顔をして。 「ん……洋介がさ、あいつのお袋が学校に来たのを見たって。だか ら……」 「……パクられたって事かよ。あのバカ……で、俺たちは……!」 「ま、証拠もないしな……」 真二は薄く嗤った。 「ったく……あのバカヤロウ」 和也は険しい表情で吐き捨てた。 竜一は家の二階の、自分の部屋のベランダに腰掛けて、足をぶら ぶらさせている。 家庭訪問に来た担任は、今しがた帰った。 学校ではもちろん、他にやった者はいないかという尋問があった が、彼は知らぬ存ぜぬを押し通した。 何日かして学校へ行けば、クラスの連中はきっと白い眼で見るだ ろう。しかし仲間たちだけは、自分の英雄的な行為に感じ入ってく れるにちがいない。 竜一の寂しげな頬には、いつか幽かな微笑が浮かんでいた。
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