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第3回1000字小説バトル
Entry2

母の顔

作者 : 多田野英俊
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 まだ私が5才だった頃
父と母と弟と祖父と祖母の6人暮らし、でも母は私の弟を生んです
ぐに病気にかかり入院していた。その頃の私は悪性リンパ腫という
病気がどんな病気か分かっていなかった。
  その日、夜中の11時頃、急に病院から電話がかかってきた。父
が電話を取りすぐに顔色が変わり「はい、すぐ行きます」とだけ言
って私に
「今からお母さんの所に行くからじいちゃんとばあちゃん起こして
きて」と言った。その時なんとなく分かっていた。お母さんは今日
死ぬ。
 車の中で祖母はずっと手を合わせてとても小さな声でお経を唱え
ていた。ぼそぼそと聞こえるお経の声がとても恐くてたまらなかっ
た。父は少し息を荒げていて少し目に涙が溜まっていたように思え
た。弟は祖父に抱えられて眠っていた。父に「お母さん大丈夫なの」
と聞くと父だけではなく祖父も祖母も大丈夫だ、心配ないと口をそ
ろえて私に言った。

 母はいつもよりもやせ細って見えた。口にはマスクがかけられ、
体のいろんな所からいろんな管が伸びている。ベッドの後ろには大
きな機会がいくつもあった。父が母に近づくと母は少しだけ目を開
け苦しそうだったがほんの少し微笑んでいた。私も母の側に近づい
て「お母さん大丈夫?」と聞くと母は大丈夫と苦しそうに言って、
私の小さな手を握りしめた。明らかに大丈夫ではなかった。私の目
から急に涙が溢れ出した。母はそんな私を見て大丈夫、大丈夫だか
らと言って私の涙をか細い指で拭ってくれた。ベッドの後ろにある
大きな機械から出るいろんな音が母の寿命を縮めているように思え
た。
 30分が経ち母の息遣いがだんだん荒くなっていく。その時だ、母
は急に大きく咳き込み、息遣いもさっきよりも大きく速くなった。
そして私の方を見て枝のように細くなった腕を私の方に向け私の名
前を一生懸命、切れ切れになりながら呼んだ。私は「お母さん恐い」
と言って母の腕から遠ざかった。
 それからすぐに母は息を引き取った。母の目玉だけを大きく見開
いたやせ細った顔が、とても恐かった。






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