第3回1000字小説バトル
Entry21
精神病院に勤めている俺の初仕事は患者の移送だった。移送する 病院が近いということと、気分転換にということで徒歩での移動と なった。もちろん患者は暴力癖もなく、むしろおとなしい奴だった。 傍から見れば、俺達は友達同士といった感じだった。患者は街がめ ずらしいのかキョロキョロしていたが、一体の人形を見て立ち止ま った。 「お、お、お父さん」患者は泣き崩れ、人形にしがみついた。 「それは、店が看板として置いてある人形だ。君のお父さんじゃな いよ」 「なな何を言う。お父さんじゃないか。お父さんじゃないかぁぁ」 患者の泣き声につられ、野次馬が集まってきた。俺はいやな気分 になった。 「おい、もう行くぞ」俺は無理矢理、手を引っ張った。 「いやだぁ。お父さんと一緒に行くんだぁ」 「かわいそうじゃねぇか。一緒につれていってやれよ」 無責任な野次馬が騒ぎだした。 「うるさい、こいつは○チガイなんだ」 「どうしてそう決めつけるんだ。彼のお父さんをき、き君は否定す るのか」 「えっ」「えっじゃない。彼のお父さんじゃないと君は断定できる のかと言っとるんだよ」 スーツを着た白髪の老人が言った。 「いや、でも物理的に……」 「物理的にダメだといけないのかね。親子の情ってものはそういっ たものを越えた次元にあるものじゃないのかね」 そうだ、そうだなと群集の中に同意する者が現われだした。俺は 焦った。 「こ、こんなモノが彼のお父さんであるはずがないでしょう」 「こんなモノとは何だね。彼に失礼じゃないか。謝りたまえ」 「そうだ。謝れ」「失礼だぞ」「馬鹿野郎」「鬼、悪魔」「鬼畜、 けだもの」「お前には人の心がないのか」 周りはどんどん盛り上がってきた。どうしていいかわからなくな った俺をよそに、興奮した群集は老人を中心に店の中に入りだした。 店主に彼の“お父さん”を渡しなさいと交渉するためだ。このよう な雰囲気の中で店主が逆らえるはずはなかった。彼はお父さんを抱 きしめ、歓喜の声を上げた。群集の目にもうっすらと涙が浮かんで いた。 俺は釈然としないまま、群集の輪から抜けだした。ただ、もう仕 事などどうでも良くなっていた。俺は通りを歩いている俺好みのグ ラマーな女に走りよった。 「つ、つ、妻よ」
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