第3回1000字小説バトル
Entry22
「はい、先生のやった通り石に石を打ちつけなさいガンガンガン」 石器作りは猿人に進化した者にとって必修科目であり、これがで きねば原人にはなれない。同級生が先生に提出した打製石器は一様 にギラギラと危うく輝いているというのに、カンジの石器だけでこ ぼこに崩れていて、案の定先生の評価は一点だった。周口店上洞人 の先生はゼロの概念を解せず、つまりこれは事実上の零点なのであ る。洞穴へ帰るカンジの足取りは重く、いつしか歩き方も四足歩行 となってしまう。 「なんで石器の一つもロクに作れないかねぇ」 「だけど母ちゃん、指が上手く動かないんだ」 「アンタちゃんと進化してんの? 今年の身体検査の脳容積は?」 「470cc」 「アンタそりゃ少ないわぁ、もっとキチンと進化なさい!」 「だけど母ちゃん、進化進化って、そんなに進化が大切なの? 僕 べつに今のままでいいよ」 母親はこの進化嫌いな息子にやる気を出させるために、クロマニ ョン人まで進化した母の友人は現在ラスコーで画家として大成し金 持ちになったとか、近所に引っ越してきたジャワ原人の新婚さんは 火の使い方を知らないため食事はいつも生肉で、奥さんはとうとう 病気になってしまったとか、ホモ・ハビリスの親戚は埋葬の習慣を 知らず、妻が亡くなっても死体を放置したままで、それは無残な光 景だったとかいう話をして聞かせたが、カンジを進化に駆り立てる ことはできなかった。 「だって、四足歩行のほうが速いじゃないか」 風すさぶステップでカンジはヒトと出会った。毛の無いヒトの外 見は醜悪で少し恐ろしくもあったが、初めてヒトを見たカンジは好 奇心を押さえることができなかった。エリートのヒトにできないこ とは何もないと母ちゃんが言っていたが本当か、なぜ毛がないのか、 ここで何をしていたのか、矢継ぎ早に質問したが、ヒトは質問には 答えず、街へ連れて行ってあげよう、とだけ優しく言った。 カンジは立派な部屋をあてがわれた。 「進化なんて別にすることもないさ。ここで好きな事をして暮らせ ばいい」 洞穴とは比べ物にならない程清潔で明るい部屋、日に三度も出さ れる美味しい食事、周りには終始にこやかな顔でカンジを見つめる 大勢のヒト。ヒトって素晴らしい、無償で他人にこんなにも優しく できるなんて。僕もヒトになりたいな。そう考えたら何となく脳容 積も少し増えたような気がして、カンジはオリの外のヒトたちにホ ッコリと微笑み返した。
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