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第3回1000字小説バトル
Entry3

陽春の候

作者 : ニケル
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 昨日、卒業式があった。
 その間、長い学校生活で僕は何を学んだのかを考えてみた。恥ず
かしながらあまり授業に出席しなかったので、とても勉強をしたと
はお世辞にも言えない。
 昨日の弾けた飲み会を終えると、親しかった友人達はこの地を去
った。僕達は、心の隅にコッソリと住んでいた一人の友人に無礼を
謝った。友人の一人が、『人を許すことが出来たことが俺らの成長
の証だったんだ』と言って握手をした。一人、一人、車や電車と見
送っている間に、遂に、今なお此の土地に未練を持つ僕だけが取り
残されてしまった。僕も新たな生活に旅立とうとする友人に乗り遅
れないために、懸命に遅ればせながら荷造りを始めた。
 土曜日、部屋の大きな荷物を先に運び出すために、両親がトラッ
クでやって来た。
「卒業、おめでとう。」
 母さんは息子の卒業式に出席したかったらしいが、当然僕が無理
に止めた。
 三人で、荷物をまとめたり、運び出したり、部屋にこびり付いた
四年間の汚れを落としたりしていた。暫くぶりの対面で、三人とも
言葉数が少ない。
「婆ちゃん、元気か。」
「そうそう、お前のことえらく喜んで、就職祝い、年金から沢山出
してくれたぞ。お前のこと、婆ちゃんの孫ではないわって。おらの
孫がこんなに立派になるわけねぇだってよ。」
「俺、確かに、授業料殆ど損させたけど、大學で少しは成長したの
かな。」
「そう言う生意気なことを言う分、十分変わったわよ。」
 そう母親が台所の食器を洗っていながら、顔を出した。父親は、
その事を聞いていたことは確かなのだが敢えて答えなかった。
「じゃぁ、母さん達、大家さんに挨拶してくるから、明日ちゃんと
鍵を返しに挨拶に行くのよ。あんた、これからどうするのよ。」
「ああ、取り敢えず、あんな土田舎に戻ったら、まともな買い物で
きんから、此処で少し買い貯めておくよ。」
「気を付けて帰ってくるのよ。」
 其れから、僕は就職のための靴と時計を買いに行った。家に戻っ
たのは、何時であっただろうか。何遍も通い慣れたコンビニや床屋。
アルバイトでお世話になった人にも挨拶に行った。出来るだけ沢山
の写真も撮った。皆が「がんばれ、がんばれ」と言う。いつの間に
か、僕の本拠地は此処になっていたのかもしれないと、時間の流れ
を流石に寂しい気分になった。
 家に戻った時は辺りはもう暗くなった。当然、部屋に明かりがつ
いていないし、この地に友達も僕の存在すべき匂いさえもない。部
屋を見渡すと、あれだけモノが反乱していた汚い部屋が、布団とテ
レビだけになっていた。其れさえも、明日、僕の車で持ち帰るモノ
だ。取り敢えずは電気をつけて、何とも言えない寂しさを紛らわす
ために、テレビを付けるが全く面白くない。
 ふと、テレビの横に缶ビールが置いてあるのに気が付いた。僕自
身は酒は全く飲まないので、元もと缶ビールが部屋にはないはずな
のに。親父の下手な演出であろうよ。使い捨てのカメラのフィルム
が一枚残っていたので、その殺風景な部屋を撮ってやった。
 その時、顔を赤らめて、初めて卒業したのだと思った。






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