第3回1000字小説バトル
Entry32
むかし中国がまだ清と呼ばれていた頃、乾隆帝の御代にその不思議 なお茶は生まれた。 北京を遠く離れた南の福建省安溪県のある村だった。 仏教を心より信じるこの男、姓を魏、名を飲といった。 働き者で、優しい魏は村中の人間から好かれていた。 彼は毎日毎朝どんなに天気が悪くても暗いうちから起きあがった。 村はずれの井戸まで水をくみに行くためだ。そして、そのお水でお 茶をいれた。しかしお茶は自分が飲むためではない。家の観音様に お供えをするためなのだ。生活の苦しい彼は自分ではお茶を飲めな かった。 毎日観音様に手を合せお祈りをした。 村のみんなが幸せになることだけを祈った。 魏はそういう男だった。 ある日彼は山の奥深くにたきぎを取りにやってきた。その日は暑く て、しばらくすると疲れてしまった。どこか休むような場所はない かと探していると小さな観音様がいらっしゃるほこらのかたわらに ちょうど自分が座れるような岩があった。 その岩の上に座り一休みすることにした。座るやいなや、持ってき た竹の水筒の水を飲み干した。やっと一息つきふと気がつくと、岩 の隣に小さなお茶の木があった。 お茶の葉は太陽の光をあびてぴかぴかと輝き、自分自身で光を発し ているようにさえ思えた。深い緑色だった。さわってみると茶葉に は厚みさえあった。毎日山に入る彼もこんな茶葉は見たことがなか った。 掘って家に持ち帰ることにした。 帰り際にふと振り返ると心なしか観音様が笑っていらっしゃるよう だった。 家の庭にその木を植えると魏は一生懸命に育てた。生育も早くつぎ 木をしてどんどんそのお茶の木を増やしていった。 こうして、できたお茶はすばらしかった。それは安溪の深い森のよ うに神秘的な色だった。お茶をいれるときに茶葉にさわると人々は 驚いた。重みを感じたのだ。ある人がこれはお茶の中の鉄だと言っ た。鉄はそのころの中国ではたいへん高価なもので一般の人には手 の届かないものだった。香りはすばらしく、多くの人がその香りに 酔いしれた。 お茶は大評判となり彼はあっという間に大金持ちになってしまった。 ある日ふと思い立ち、魏はこのお茶の木のあった場所に行きたくな った。するとどうだろう観音様のほこらなど、どこにもない。自分 が座った石もどこにも見あたらない。 魏は驚いたが別れ際の観音様のあのほほえみを思い出した。そして やっとすべてがわかった。 このお茶は後に鉄観音と名付けられた。
![]()
◆QBOOKSに掲載の記事・写真・作品・画像等の無断転載を禁止します。
◆投稿された各作品・画像等の著作権は、それぞれの作者に帰属します。出版権はQBOOKSのQ書房が優先するものとします。
◆リンク類は編集上予告なくはずす場合がありますのでご了承ください。