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第3回1000字小説バトル
Entry6

秋の遠足−大山・丹沢方面−

作者 : よしよし
Mail :
Website : http://www2s.biglobe.ne.jp/~yoshi_s/yoshi.htm
文字数 :
 体力のないの私にとって山登りなど苦痛以外の何物でもない。あ
とは一本道だからと、最後尾の先生にも見捨てられてしまった。息
は弾み、喉が燃えるように熱い。
「あと少しだよ」
 声をかけられ、手放しそうだった意識を危うく取り戻す。私と同
様やはり遅れがちだった生徒が一人、付かず離れず歩いている。い
つも俯き加減で無口な彼女は、私はもちろんのこと先生でさえもそ
の声を聞いたことがないと言う。
「もう少しだよ」
 彼女は前方に目を向けたまま、この静かな山道でもない限り聞こ
えないような小さな声で呟く。それは苛立つでもなく、励ますでも
なく、山の空気のように耳の奥へと染みていった。

 その後、昼食時間ギリギリで山頂に到着した私達は2人だけでお
弁当を食べることになった。既に話す気力もないほど疲れきってい
たので、今ばかりは彼女の無口さが有り難かった。

 帰りは下りだけだ。短いとは言え休みを取って元気になった私は
軽快に山を降り始める。
 「待って・・・」
 小さな声を聞いた気がしたが、勢いのついた足は止まらない。

 でも、ちょっと調子に乗りすぎ。早速、道端に座り込んだ私を同
級生達は次々と追い越していく。
 やがて、その数が疎らになり途絶えた。疲れと寒さで膝を抱えて
いると、恐らく最後の一人であろう生徒が通り過ぎる。それはあの
無口な彼女だった。でも彼女はもうこちらに一瞥もくれない。私は
喉元まで出掛かった「待って」という言葉を飲み込む。自業自得だ。
自分の身勝手さ、思いやりの無さ、弱さ。そして、その代償。それ
らを身に染みて感じる。
 不意に、目で追っていた彼女の後ろ姿がグニャリと歪む。
「待ってよぉ。」
 口を突いて言葉が出ていた。今日は最低だ。自分の我が侭加減に
吐き気がする。
 それでも小さくなり始めた後ろ姿は立ち止まり、少しの間のあと
振り向く。いつも無表情な彼女が、今はムッとしているのを知って
何故かホッとした。私は重い足を励ましながら歩きだす。
 追いつくと、彼女が無言でタオルを押し付けてきた。私はその時
になって、ようやく自分が泣いている事に気づいのだった。

 ひどく胸がいっぱいで、なにか大切なものを見つけた気がするの
に、久しぶりに泣いたせいもあってよく思い出せなかった。ただ、
わかっているのは少しだけ優しい人になれそうなこと。そして、こ
の無口な彼女と仲良くなれそうな予感がすること。ただそれだけを
知っていた。






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