第4回1000字小説バトル
Entry21
それは、ニエであったのだ。 緑深き森の中、簡素な造りの祭壇の上で、まとった衣を広げて、 白き衣を赤き衣へと移り変えてゆくモノは……。 人々が、自らの幸福のために、捧げた犠牲とでもいうのだろうか。 自らが傷つく事もなく、自らの為だけに犯したそのツミは、犠牲 などと呼ぶのもおこがましい。 犠牲とは、一層重要な目的の為に、自分の命や大切なものを捧げ る事をいうのだ。 尊い犠牲などという言葉を口にする連中が、いつ犠牲を払ったと いうのだ。それは、ただの人殺しでしかないというのに。 自らが見てしまったものに対して、少女は、激しい吐き気と怒り に胸の内を支配されていた。 たとえ、いかなる思いがあったのだとしても、自ら犠牲を払う事 もなく、他力本願にも、他を踏み付けて生きようという人々が、そ れを罪とも思わない事に、少女は押さえがたい感情を感じていた。 罪と思う事もなく、それが当然であるかのごとき態度で、神とは 呼べぬモノにへつらい、そして、平然と神に祈る愚かさに、その浅 ましさに、少女は身動き出来なっかったのだ。 祭壇に捧げられた者と、少女だけがその場に残っていた。 静寂が支配したその森で、すでに息絶えたと思われた者が微かな 声を出した事に、少女は呪縛から解き放たれたかのように、静かに その身を動かした。 「だ…れ……。」 明らかに死に至る傷を負った者は、傍らに立った少女に視線だけ を向けた。 「私と、共にゆく?」 少女は静かだが、とても重要な言葉を口にした。助からないであ ろう、致命傷を負った人間に向ける言葉とは思えない言葉。 だけど、少女の言葉は、真実しか聞いていない。 「どこ…へ……。」 実に穏やかな表情で死に近づく者は、少女の頬を伝う涙を拭いた いと思った。 「望むままに。」 過去の出来事を紅い血によって思い出してしまった少女は、先程 までの怒りを忘れて、悲しみに支配されるままでいた。 「あなたの涙を、……拭えるなら、共に……。」 少女へと手を伸ばしながら、その手に少女の涙が落ちてくるのを 受け止めることで、その者は、少女に近付けた気がした…………。
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