第4回1000字小説バトル
Entry27
実際どうやって「そこ」に参加するのか、その具体的な方法につ いては、追い追い触れようと思う。ともかく、今あなたが使ってい る「ここ」インターネットのなかに、「そこ」はある。 誤解を恐れずに言えば、ある質のコミュニケーションを備えたネ ット社会ということになると思うのだが、例によってその全体像は 分からない。ひところ盛んに取り沙汰されたインタラクティヴィテ ィという性質を、いっそうパーソナルに落としてやりとりさせてい るという雰囲気だ。 そして、私は「そこ」で、言語を超えて、人に出会う。 説明が、少し先走りし過ぎただろうか。 技術的には、20世紀に開発された検索エンジンとプラグインを 複合させたような仕組みの、翻訳エンジンといったものが利いてい て、すべてのメッセージが日本語で読めるし、もちろん英語なり他 の言語で読むこともできるようになっている。そして私は、会社や 家族や故郷や、住んでいる場所や、手のなかの缶ビールやら、現実 社会で私を規定しているさまざまな要素をできるだけ希薄にして、 参加する。 このいわゆる超言語のしくみは、私見では、どうも地域を限定す るような用い方や訳しにくい言い回しをキャンセルすることによっ て成り立っている。逆に言えば、なるべく訳しやすい言葉で話して もらい、それによって誤訳を減らしていこうという技術的なコンセ プトを感じるのだ。また、訳しようによっては差し替え可能な言葉 を(日本語ならカナ、英語ならイタリックで)明示することによっ て曖昧さを残す工夫もなされている。 ネット内でもこのような超言語に関するトークは盛んで、主な反 論は、いかにも既存の型に流し入れるようにして言わなければなら ない不自由さを訴えるものだ。その対極に、技術的な便宜を超えて、 電子言語といったものの構築を目指す立場があるのだが、私はどち らかと言えば後者に賛成している。確かに私が35年間慣れ親しん だ言葉とは異なるものだが、代わりに、自分はたまたま日本語で書 いているけれどもその言葉は世界通貨のように通じるんだという快 感があり、そこに現実社会では決して味わえない、逆説的だが「リ アルな」手ごたえを感じるのである。 ともあれ、最初に受け取ったメッセージは以下のようなものだっ た。それは同時に、私というアイデンティティに突きつけられた難 問だったのである。 「あなたヲ、表現してクダサイ」
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