インディーズバトルマガジン QBOOKS

第4回1000字小説バトル
Entry32

サーカス

作者 : 紺詠志
Mail :
Website : http://www.geocities.co.jp/HeartLand/7945/
文字数 :
 象牙色をした半球ドームの中は、いつも観客の熱気で満たされて
いる。サバンナの猛獣が炎をくぐり、東洋の刀剣が宙に舞う。ドラ
ムロールの休む間もない、めくるめくサーカス。
 誰もが息を殺す演目がある。サーカスのメインイベントは、いつ
の時代も変わらない。

 メリー・ガールの綱渡りが始まった。

 それを見上げるジム・ボーイは、ボールの曲芸が得意だ。ジムは
よく、夜の部が終ると、メリーをキャッチボールに誘った。客のは
けた広いドームで、二人きり、キャッチボールをしたら、どんなに
かいいだろう。けれど、メリーは決まってこう言う。
「わたしには綱渡りしか能がないから、ボールは扱えないの。団長
を誘ったらいいわ」
「団長は残酷な人間だからイヤだ」

 メリー・ガールの綱渡りは、今まで一度も失敗したことがない。
それは、だいたいの客が知っていることだが、じっとメリー・ガー
ルの綱渡りを静観し、成功を祈る。祈るだけだ。ネットもマットも
ない危険な綱渡りを、やめさせようと飛び出す者はいない。
 ワイヤーを小刻みにゆらしながら、クラシカルな純白のドレスに
身を包んだメリー・ガールが渡る。メリーは決して下を見ないが、
ジムはいつも地上からメリーを見ている。今日もまた、キャッチ
ボールに誘ってみようか。右手にボールをもてあそびながら、そう
決めた。

 メリー・ガールは地に落ちた。

 観客の悲鳴が上がった。これはプログラムにない悲劇的なアクシ
デントだと、誰もが知っているし、目撃者としてどうすべきかも知
っている。ごくまれに起こる珍しい事件に遭遇した幸運を押し殺し
て、悲鳴を上げたのだ。
 ワイヤーが大きくゆれたのは、メリーの意志だろうか。それはあ
りえないから、ワイヤーの意志なのだろう。なにせ団長は残酷な人
間なのだ。そう考える頭とは別に、ジム・ボーイの体は仕事をはじ
めた。ボールをホウキに持ちかえて、おどけた調子で歩き出す。砕
け散ったメリー・ガールを片付けるために。

 騒然となったドームの中、ジム・ボーイは軽やかに踊りながら、
メリーのネジや歯車をかき集めた。メリーの体から流れ出たオイル
が褐色の水たまりをつくり、ドレスについていたスパンコールを数
枚、重たげに浮かべている。足を踏み入れ、思いきり転んで見せる。
けれど、このぐらいの衝撃で壊れるようには、ジム・ボーイは作ら
れていない。

 ジムの仕事で客席に笑いが戻り、サーカスは次の演目へと動きは
じめた。






インディーズバトルマガジン QBOOKS
◆QBOOKSに掲載の記事・写真・作品・画像等の無断転載を禁止します。
◆投稿された各作品・画像等の著作権は、それぞれの作者に帰属します。出版権はQBOOKSのQ書房が優先するものとします。
◆リンク類は編集上予告なくはずす場合がありますのでご了承ください。