インディーズバトルマガジン QBOOKS

第4回1000字小説バトル
Entry39

小学生に戻りたい僕

作者 : 久保田路子
Mail :
Website :
文字数 :
 20歳になったちょうどその日から、夢の中でだけ、僕は小学生
になった。
 ガラス張りの玄関の扉をくぐり、コンクリートの階段を上る。左
から2列目の、下から3番目が僕の下駄箱だ。「おはよう」美華ち
ゃんだ。ぼくは美華ちゃんが大好きだった。一緒に教室に向かう。
僕は嬉しかった。それなのに、僕はなんだか恥ずかしくなって、
「図書館に行かなきゃいけないんだ」と言ってしまっていた。
 僕は、仕方なく図書館に立ち寄った。朝の図書館はしーんと静ま
り返っていた。本を借りることにした。江戸川乱歩の怪人20面相
シリーズだ。小学生の頃、無我夢中になって江戸川乱歩を読んだ。
小林少年になって、毎日一喜一憂していた。もう一度、小林少年に
なれるだろうか。僕は探した。本は、見つからなかった。それどこ
ろか、コロボックルシリーズや少年ケニヤ、僕が夢中で読みふけっ
た本たちが、一つも見あたらなかった。
 かわりにそこにあったのは、デカルト、特殊相対性理論……そん
な本ばかりだった。僕は恐ろしくなった。
 急いで図書館を出た。僕は走った。「廊下は走らずに」そんな張
り紙が見える。ほら、やっぱりここは小学校だ。大丈夫。行けるさ。
ここを曲がればいい。
「おはようございます」力一杯ドアを開けた。みんなが僕を見た。
ほっとした。美華ちゃんも笑っている。授業は始まっていた。僕は
静かに席につき、教科書を開いた。
「じゃ、窪田くん、128ページから、読んでみて」
 僕は勢い良く立ち上がって大きな声で読み始めた。「1980年
代以降、金融市場におけるグローバル化の進展に伴い……」
 違う。どうしてだ。僕は小学生だ。どうしてだ。どうして……。

 こうして僕は夢の中で、ほんの少しだけ、小学生に戻る。そう、
いつだって、「ほんの少しだけ」なんだ。それでも僕は、これから
も夢の中で小学生に戻り続けるだろう。教室のドアを開けたとき、
一斉に目の前に広がるみんなの無邪気な笑顔が、どうしても見たい
んだ。






インディーズバトルマガジン QBOOKS
◆QBOOKSに掲載の記事・写真・作品・画像等の無断転載を禁止します。
◆投稿された各作品・画像等の著作権は、それぞれの作者に帰属します。出版権はQBOOKSのQ書房が優先するものとします。
◆リンク類は編集上予告なくはずす場合がありますのでご了承ください。