第4回1000字小説バトル
Entry42
竜門大介様 あなたが折角お見舞に来て下さったのに、泣いてばかりいてご免 なさい。たくさんお話したいことがありましたのに、思っているこ との僅かしか言葉にできませんでした。 あなたが帰った昨夜は、せきを切ったように涙が容易に止まらず どうしても眠ることができないものですから、とうとうベットの上 に起き上がって、明け方までじっと坐っていました。 窓から病室に月の光が射していました。その月光に照らされた私 の手足は、青白く、細く、まるで自分のものではなく、そら恐ろし い気さえ致しました。決して一年余の病苦による醜さだけではなく 生まれて二十数年の間、善悪正邪こもごもの無数の業をなしてきた にもかかわらず、ただただ虚弱な姿態として月光に照らされている ことが、異様な冷気として感じられたのです。 あなたの子どもを堕胎したことをご存知だったのですね。そうし た過去をさらりと忘れ去ったようなお顔をされたのは、あなたの思 いやりなのですね。 医宗研にいた頃の私は、あなたの気持ちがよく分かりませんでし た。いえ、人の優しさが分からなかったのです。あなたはきっと立 派なお医者様になられるでしょう。それにひきかえ尾田は、優しい 言葉は教えてくれても、優しい心は教えてくれませんでした。さら に、私といえば自分勝手な信仰の思いが、唯一本当のものだと信じ 込んでおりました。 あなたに何と言ってお詫びしてよいか分かりません。ぜひもう一 度、お会いしてお話がしたいのです。無邪気な願いとお思いになっ て、ぜひぜひお会い下さい。お願い致します。 田口順子様 先日は静臥中をお邪魔致し、申し訳ありませんでした。またこの 度は、お手紙を頂き有り難うございました。 あの日お見舞を終え、癌病棟から外にでましたら、雪が降ってお りまして、病院内の庭も道も一面真白になっておりました。僕が門 を目標に真直ぐ歩いていくと、未だ誰も踏み込んでいない雪道に、 一歩一歩足跡がくっきり残っていきました。門の所まで来てふっと 振り返ると、真直ぐに歩いて来たはずなのに、僕の足跡はあちこち に曲がりくねってついていました。 正直に申し上げます。僕は尾田先輩に頼まれて君を見舞いに行き ました。 ご健康をお祈り致します。さようなら。
![]()
◆QBOOKSに掲載の記事・写真・作品・画像等の無断転載を禁止します。
◆投稿された各作品・画像等の著作権は、それぞれの作者に帰属します。出版権はQBOOKSのQ書房が優先するものとします。
◆リンク類は編集上予告なくはずす場合がありますのでご了承ください。