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第4回1000字小説バトル
Entry7

抜け忍

作者 : TAKUTO
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「これからは、たっぷりおまんまが食えるからな」
 男は10人程の子供達に声をかけ舟に乗せた。男は忍び養成の為
の人攫い。しかしこの子らの殆どは、このままなら餓死するだろう
事は解っていた。そういう時代であった。
 子供らは早速小屋に押し込められ、教育が始まった。下忍として
死ぬ為の修行であった。ケガや病気は始めの年以降は放って置かれ
た。自分で直せない者は死あるのみであった。
 その隠れ里には子供が毎年10人程入ってきたが、5年後に一人
残れば良い方であった。

 ないは秀吉が天下を取った年に、里から消えた。ないは連れて来
られてから8年程の修行の結果、大人にも引けを取らない腕になっ
ていた。何度か仕事もした。
 しかし下忍が勝手に里を出たという事は、死を意味した。それ程
彼らの術に対する秘匿は重視されていた。方々探したが見つからず、
ないの教育係丹助は捜索に向かった。刺客としての目的が果たせな
ければ戻れない旅であった。そして時は流れた。

 丹助も下忍であった。彼も子供の頃攫われてきた口である。彼の
右足は膝から下が無かった。伊勢一向一揆の際に織田信興を守って
いたが、信興が死に、生きる残る為に自分の右足を切った。
 当時は忍びは金で一時的に雇われ、生き残る為なら何でもした。
それが当たり前であったのだ。
 その後第一戦を退き、教育係となった。その丹助も年老いていた。
ないは見つからない。名前が言えなかったからないという名になっ
た若者を不憫にも思っていた。
 ないは優秀であった。鍛えがいがあった。忍びらしからぬ心優し
い男だった。日照りの畑の様に何でも吸収し、工夫もした。逆に教
えられる事さえあった。
 ないを殺したくはない。その思いがないを探し当てなかったのか
もしれない。丹助は目的を果たせないままに死んだ。だが、ないは
その死を見とった。涙が流れた。

 ないは逃げている間も鍛えていた。力が全ての世の中が嫌だった
から余計に力を付けた。力が無ければ生きていけなかった。しかし
世の中の力は悪であった。自分がよくなる為の力であった。人を蹴
落とす為の力だった。ないはそんな力は欲しいとは思わなかったが、
生きる為には必要だった。人の為に力を役立てたかった。

 丹助が死んだ時、ないは自分に名を付けた。人の左に付き添う様
に、そして丹助の助を取って佐助と名乗った。

 その後佐助は権力に対抗する為、落ちぶれていたが、心根の良い
男の為に働き出した。






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