第5回1000字小説バトル
Entry27
ドイツ南部の森深く、行商の男が夜道を急いでいた。近道のはず が、すっかり迷ってしまったようだ。暗闇には獣とも鳥ともつかぬ 鳴き声。男は怖じ気づく足を必死になって前へと進めるが、迷い人 の常で彼もまた森の奥へ奥へと歩を進めていた。 しかし幸いにも男は一軒の家に辿り着く。 「行商の方がいらしゃるなんて珍しいのよ」 と、長女のキャロル。 「お姉様、この色も素敵よ!」 スカーフを広げて喜ぶのは、次女のエリー。妹の笑顔にキャロル も微笑む。 「父母が健在だった頃は、妹もあと一人あって、それは賑やかでし たのよ」 と、キャロルは語り始めた。 「つかまえてごらんなさーい」 お転婆な次女が夏の光を跳ね返して水辺を駆ける。そのあとを従 兄弟のロイが追う。 湖畔ではキャロルが眩しそうに二人を見守っている。 「あら、それは何?」 ロイの手にキラキラ光る青い石。どうやらマリアのお土産にする らしい。体の弱い 三女のマリアは、今日も熱を出して屋敷で休んでいる。 ざざぁーん。 その晩のこと、水面に男女の影が揺れていた。 「三人の中で誰が好きなの?」 キャロルがロイを問い詰める。 「いつもエリーとばかり遊んでるし、マリアには優しいわね」 ざざっざぁーん。 「誰が好き?」 次の晩、波が男女の足元を洗っていた。 「大人しいマリア? それとも美人のキャロルお姉様?」 エリーがロイにせまる。 ざざっどっぱぁーん。 「・・誰が好き・・!」 荒波が男女をさらう。 「そう言えば・・・(ごぼごぼ)」 マリアがしがみつく。 「・・(ごぼごぼごぼ)・・・」 激しい嵐が夏の終わりを告げる頃、地下室に長女の姿があった。彼女の手には 『獣に変じる秘薬』と、書かれた茶色の小瓶があった。やがて棚に戻された瓶は 量が少し減っていたようだ。 暗くかび臭い地下室で次女が見つけた茶色の小瓶には、難しい文字で 『ケモノ・・変ジル』と、書かれていた。 三女は字が読めなかったので、とにかく一番危険そうな瓶を手に取った。 「そ、それで三人とも獣になってしまったのですか?」 青ざめた行商の男が恐る恐る尋ねる。 「そんなわけないじゃない、こうして私達がいるんだから」 と、次女のエリーが肩を竦める。 「私達は薬を使わなかったのよ。でもマリアだけはね」 と、キャロルがドアを塞ぐように立つ。 「だから、こんな満月の日には・・・」 少女たちの目が光り、体が倍ほどに膨らむ。 美しい姉妹の住む森には、今日も悲鳴だけが満ちていた。
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