第5回1000字小説バトル
Entry35
「まるで君はシマウマみたいだな」 しましまのシャツを着て、たてがみのような頭をした彼を見て僕 は言った。 「そうだよ、オレはシマウマなんだ」 彼はそう言って、小さく鳴いた。 次の日彼は、体を赤銅色に染めてやってきた。 「どうしたんだい、その色は。それじゃあまるで十円玉じゃないか」 彼は片頬だけを吊り上げて笑った。 「うん、もしかしたらオレは十円玉かもしれない」 彼は自分が人間でないことを知っていた。小学校を卒業する頃に はそれを確信していた。けれど彼には、本当は自分が何であるのか、 それが分からなかった。そして彼はそれを探るように、様々なもの になった。あるときには彼は時計であったし、あるときにはエリュ アールの「自由」だった。ラブラドルのツンドラだったこともある し、流れている、という「状態」だったことすらある。 しかしそのどれも彼にはしっくり来ないようだった。自分の肉体 と精神との乖離に、彼は悩みつづけた。人間ではないのに、人間と して喋り、人間として歩き、人間として食べざるを得ないというこ とは、苦痛以外の何物でもなかった。自分が人間ではない、という ことだけが、彼にとっての真実だった。それ以外のことは、彼はな にも分からなかった。 やがて僕は就職し、彼とは離れた。彼はその後定職にも付かず、 たった1人の肉親である祖母の年金を頼りに、呑んだくれた。彼が 30歳になったときに祖母は死に、彼は一念発起して職を探した。 けれどやっと見つけた仕事も長続きはしなかった。彼はホームレス となり、なんとか生きつづけた。自分の正体を見極めるためだけに、 彼は生きていたのかもしれない。 40歳になったとき、彼は僕の家を訪ねてきた。僕は大学を卒業 してからもずっと実家に住んでいた。彼は僕の家をなんとか覚えて いたのだろう。 どこで手に入れたのか、彼はやたらときらきらした服を着ていた。 家族が不審な目で彼を見るので、僕は彼を近くの喫茶店に誘った。 にがそうにコーヒーを飲みながらそれまでのいきさつを丁寧に話 したあとで、彼は言った。 「やっと自分が何であるか分かったんだ」 彼は目をきらきら輝かせて言った。 「オレは流れ星だったんだ。やっぱり人間じゃあなかった。オレは 流れ星だ」 その日の夜、彼は13階建てのビルの屋上から飛び降りて、踏み 潰された虫のようにぺちゃんこになって死んだ。 翌日の地方紙に、身元不明者の死が小さく報じられた。
![]()
◆QBOOKSに掲載の記事・写真・作品・画像等の無断転載を禁止します。
◆投稿された各作品・画像等の著作権は、それぞれの作者に帰属します。出版権はQBOOKSのQ書房が優先するものとします。
◆リンク類は編集上予告なくはずす場合がありますのでご了承ください。