第5回1000字小説バトル
Entry36
春まだ浅い頃、三歳になったばかりの大介は、北大付属病院で精 密検査の結果、母親からの遺伝による重症の先天性血液疾患と診断 された。大介は若い竜門夫婦にとって初めての子共だった。この時 から、親子の長い苦悩の歩みが始まる。 不安と焦燥を胸に、親子は一路札幌をあとにした。白く静息をた てている狩勝峠を、吠えるように響く汽笛が通り過ぎ、やっと汽車 は帯広駅に着いた。 駅から家までの帰り道、すれ違う人たちが怪訝な目つきで、幸子 がおんぶしている奇怪なまでに青白い大介の横顔に見入る。その度 に、両親は早足になる。 丁度、大通り公園の側を歩いていると、四方を針葉樹に囲まれた 園内では、子供たちが愉快に汚れた根雪で遊んでいる。枯れた木立 に夕焼けが映え、誰ものらないブランコが十台程並んでいる。人が 往来しているところは、すでに雪が解けているが、竜門親子が歩い ているあまり陽があたらぬ北側の林道には、まだ高く積み上げられ た雪の山がでこぼこしている。 大介は母の背で、疲れて眠っている。 「父さん! すいません」 幸子はうつ向きながらポツリと口を開く。 「なしてだ?」 昭は振り向き、立ち止まろうとしたがやめた。 「したって、わたしのせいだワ。この子の病気」 恐ろしく不安げな幸子の眼差しが、昭の背を追う。 「なんもだ」 「したけど、ばあちゃんが」 立ち止まった彼女の顔を夕陽がやさしく照らしている。 「わたしひとりで、この子、育てる」 「なにしゃべってんだ!」 昭は幸子に近づき、おんぶされている大介の顔をひょいと覗き、 「大介は、俺の子だべ」 と言うと、真綿帽子を深く大介にかぶせ直し、また歩き始めた。 昭は、靴底でしっかり泥雪を踏みつけるように前進しながら、妻 の言葉の余韻が心に響く。後ろからついていく幸子は、心の中で、 「父さん、ありがとう」と呟いた。 やがて旅疲れの親子は、林道沿いの闇路にとけてゆく。
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