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第5回1000字小説バトル
Entry40

10円の人間

作者 : 雲竜
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 私は、出勤前に不愉快な気持ちになって、今出たばかりのコンビ
ニエンスストアに戻っていた。
 私は、出勤途中に、駅のコンビニで朝食を買うのが日課だった。
 その日も、私はいつものようにそのコンビニで朝食のパンと、つ
おでに昼食用のカップラーメンを買ったのだが、箸が入っていなか
ったのである。
 箸が無ければラーメンは食べられない、無駄な時間と知りつつ店
に戻るしかなかった。
 店に戻って、うんざりした気持ちでレジ前の列に並んだのだった。
 その時、お店に一人の汚い格好をした、ホームレスと思しき中年
の男が入ってきた。
 その手には、お湯が入っているらしい、私が買ったものと同じカ
ップラーメンが握られていた。
 男は、レジのお姉さんに声をかけた。
「すまんなぁ、箸、もらえへんか?」
 汚れた顔をくしゃくしゃにした笑顔だった。
 私は呆れていた。
 箸だけもらう気か、何て図々しい。
 レジのお姉さんは、その男に一瞥もくれなかった。
 ただ彼を無視して、目の前のレジカウンターでの作業を続けてい
た。
「箸、もらいたいんやけど……」
 男は再び声を出していた。
 レジのお姉さんは、その端整な顔立ちの表情を一切変えることな
く、ただ男を無視していた。
 すると男は、すうっと片手を伸ばすと、レジの前にある箸立てか
ら一本、箸を掴んだ。
 こいつ、このまま持っていく気だ。
 私は、嘲るように彼を見ていた。
 レジのお姉さんは、男を咎める風もなく、ただ男を無視していた。
 男は箸を一本、抜き取ると、カップラーメンのフタの上に置いた。
「おおきに。ありがとう」
 そう言うと、男は、箸を抜き取ったその手に今度は十円玉を握る
と、レジのお姉さんに差し出した。
 それでも、レジのお姉さんは彼の方を向かなかった。
 すると男は、その十円を、箸立ての横にあった、募金箱に入れた
のだった。
 チャリーン………
 硬貨特有の金属音が響いた。
「おおきに……」
 男は、箸の乗ったカップラーメンを大事そうに抱えると、店を出
ていった。

 私は結局、箸をもらわずにお店を出た。
 お店前の雨宿りをしているホームレスたちの中には、さっきの男
はいなかった。
 自分と、レジのお姉さんと、男を思い描きながら、私は苦笑した。
 このカップラーメンは、明日にでも家から箸を持ってきて食べる
ことにしよう。
 しとしとと降る雨の中、私の頭には、さっきの男が箱に入れた、
あの十円玉の音が響いていた。






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