インディーズバトルマガジン QBOOKS

第5回1000字小説バトル
Entry43

ネコジタの死

作者 : 越冬こあら
Mail :
Website :
文字数 :
 人間の五感の中では視覚が際立っていることは、テレビで肉体の
一部を切断するシーンを等を見るとき、その痛みが直に伝わってく
るように感じることによって、経験的に理解できる。そう多くの機
会があるわけではないが、映像ではなく生身の人間相手でも同じよ
うに痛みを感じるのではないだろうかと、漠然と考えていた。

 しかし、ネコジタの額が割れて血が噴き出し始めた今、私は何の
痛みも感じていない。ただ、鈍い音を発してネコジタの額を砕いた
ばかりのクリスタルの灰皿が右手に重く感じられた。

 「心臓の鼓動が早くなる」はマルだが、「気が動転して何が何だ
かわからなくなる」はバツだ。相手の痛みの影響を受けない私の頭
脳は、正常で冷静な思考を司ることができた。原因は私とネコジタ
の卒業以来の確執。きっかけは私の借金とそれに絡んだネコジタの
罵声。「犯人は被害者と口論になり、カッとして犯行に及んだもの
と思われます」頭の中で架空の報道原稿が読み上げられている。
「これもあんたの運命さ」どこかで聞いたような台詞をもう焦点も
結べなくなった両目のあたりに注いでみる。不覚にも涙。

完全犯罪とまではいかないにしろ、せめてうやむやのうちに時効が
成立するくらいにはならないだろうか。幾つかの小説やドラマのス
トーリーが浮かぶ。

 午前10時、ネコジタが独身で金を貯めていることを聞きつけた
空き巣狙いが、今朝彼が出社しなかったことを知らずに侵入。いき
なり現れた主を見て発作的に殺害。何も盗らずに逃亡。あとは私の
アリバイが証明されればよい。

 まず証人だ。私は白い受話器を手にとった。事務所に電話を入れ、
融通のききそうな得意先の名前を告げて……やはり、多少の気の動
転は否めないようだ。事務所の番号が出てこない。
 ポ、ポ、パ、一日に何回となくかける番号なので、指が憶えてい
たのだろう。プー、プー、「ハイ110番」え? 「あのー俺、人
を殺したみたいなんだけど」ええ?? 私も驚いたが、警視庁のオ
ペレーターも沈黙……。その隙に、私は同じ科白を繰り返す「俺、
人を……」そうだった。沈着冷静でいられるはずだ。私はこっち側
じゃなく、ネコジタだったのだ。

 魂の存在さえ怪しい程の興奮状態に陥っている犯人の体から離れ、
被害者の自分に追いついたときには、もう暖かな光に包まれた花畑
を半分以上も横切っていた。「これも私の運命さ」涙もなくなった
今、無い声帯でつぶやいてみた。






インディーズバトルマガジン QBOOKS
◆QBOOKSに掲載の記事・写真・作品・画像等の無断転載を禁止します。
◆投稿された各作品・画像等の著作権は、それぞれの作者に帰属します。出版権はQBOOKSのQ書房が優先するものとします。
◆リンク類は編集上予告なくはずす場合がありますのでご了承ください。