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第5回1000字小説バトル
Entry46

あぶらとり紙

作者 : おーぎや
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Website : http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Gaien/2883/main.html
文字数 :
 左眉を撫でながら健一は申し訳なさそうに言った。
「京都に、転勤になっちゃったよ」
 菜美はわざと「ええっ」と驚いてみせる。「どれくらいの期間な
の?」
「うん。今度は思ったよりも長くて、36時間くらいなんだ」
 菜美はほっとした表情をつくって、それから微笑んでみせる。
「なあんだ。ただの出張なのね。いつからなの?」
「今日からなんだ。ワイシャツと下着を出しておいてくれないか」
健一は襟を立てて、ネクタイを締め始めた。
「おみやげとか、買ってきて欲しいものあるか?」鏡の中の健一と
目が合う。
「ううん。一緒に行きたい」
 手を止めて振り返る健一を楽しんでから「手鏡屋のあぶらとり紙」
をリクエストする。
「てっ手鏡屋って、なに? そこらへんのあぶらとり紙じゃだめな
の? なんか違うのか?」
「うん。お店は先斗町にあるの。吸収力が違うのよね」
「八ッ橋とかじゃだめか? ほら、苺の奴とかさあ」

 ひとりの夜に、菜美は健一のことを思う。
 健一が泊まるのは京都駅前のホテルだから、地下鉄に乗って四条
までは行くだろう。それから地上にでて、四条通りを祇園に向かっ
て歩くに違いない。アーケードがあるから傘をさす必要もない。夏
物スーツの下はじっとりとした空気に満たされ、ときどきぺたりと
貼り付くスラックスに唇をゆがめる。重い湿気と汗で濡れた半袖ワ
イシャツにまで「なんでこんなところ歩いてるんだ。早く帰ってひ
とっぷろ浴びようぜ」とそそのかされる。それでも健一は先斗町に
向かって歩き続け、鴨川を渡って川端通りにぶっつかってから、先
斗町が過ぎてしまったことに気付くんだろう。小雨だったのに少し
強く降ってきて、アーケードも途切れてるし、仕方なく傘をさして、
狭い先斗町通りをきょろきょろしながら歩くに違いない。高級そう
な小料理屋やら、ときどき姿をあらわす鴨川に目を奪われながらも、
やがては手鏡屋を発見するだろう。店員は女の子だけだし、お客さ
んだって女の子だらけだから、きっと店に入れない。大きい傘をさ
したまま店の前に立ちすくんで、通る人の傘がぶつかる。

 おみやげはピンクの包み、苺の奴だ。ふたりとも甘い物好きだか
ら、あっという間に平らげちゃうだろう。
 左眉を撫でながら健一は申し訳なさそうに言った。
「手鏡屋なんだけど、仕事で忙しくてさ、探しにいけなかったんだ。
ごめんな」
 菜美はわざと残念そうな顔をしてから、くすりと笑う。
「いいのよ」






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