第5回1000字小説バトル
Entry49
もし時計の針を戻すことが出来るなら、1時間だけ戻すだろう。 高校や大学といった青春時代に戻りたいとは思わない。30歳と6 ヶ月たった今の1時間前がいい。 8年間もつき合い、結婚も約束しあった彼女がいた。そう1時間 前までいた。そして1時間前に別れを告げられていた…… ミヨコは飲み会に参加している。だから彼女は今日部屋には来な い。同棲はしていない。でも金曜の夜だけは、泊まるにしろ帰るに しろ僕の部屋に必ず顔を見せに来ていた。飲み会や残業などの用事 のある日を除いて。 2人の間にドキドキワクワクといった新鮮みは、もう感じられな かった。でもそんな山も谷もない2人の関係が、31歳を迎えよう とする僕には心地よかった。週に1,2回だけ会う2人のペースも、 「結婚しても部屋は別々がいい」と言っていた彼女にとっては自然 であり、また彼女がそういってくれることで、僕の中での結婚意識 は逆に高まった。あまりにもドラマチックなことがないことが、今 では僕の自信となっていた。 インターホンが鳴り玄関に行くと、ずぶ濡れになった彼女がいた。 不思議に思ったが、とりあえずタオルと温かいコーヒーを用意して 彼女を部屋に上げた。そして、 「実はね、浮気してたの。もう3年。あなたと会ってない日はいつ もその人と会ってたわ。あなたと居るよりドラマチックだった。私、 彼と結婚します」 ─でもミヨコ、僕と結婚するって─ 「それは嘘。私は平凡な毎日に不満だったわ」 結局、もう会わないし電話もしてこないで、と言い残し彼女は出 て行った。僕の自信はそのまま彼女の不安の裏返しだったのか。8 年間僕は何を見てきたのだろう。彼女が来てからほぼ1時間が経っ ていた。12時45分、僕はベランダへ出て彼女の姿を探そうとし たが、もう見えなかった。 ≪午後11時45分頃、県道で交通事故発生。ハシダミチコさん (30歳)死亡、他4名重軽傷。飲酒運転の模様≫ 僕の後ろでニュースが静かに流れていた。 僕はぼんやり満天の星空を眺めていた。
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