第5回1000字小説バトル
Entry52
フィンランド航空の白い機体が離陸に成功したとき、私の緊張は ピークに達した。どうにも落ち着かない。しかも、左側に話し声の うるさい日本人の男、右側にやや体格のいい外国人の男、その間に 挟まれて窮屈極まりない。一〇時間余りのフライトを想像して、私 はうんざりしていた。どうも今回ばかりは一睡もできそうにない。 高度が安定すると、まず飲み物のサービスがあり、それに継いで 昼食が前のほうの席から配られていった。十数分待って、ようやく 私たちの席までスチュワーデスがたどり着いた。チキンかサーモン か選ばされ、私は適当にチキンを頼んだ。 チキンの照り焼き。パスタサラダ。なぜか茶そば。怪しげなタル ト。それに丸いフランスパンを渡される。なんとも、変なとり合わ せだ。 今一つ食欲の進まぬまま、チキンとパスタを平らげ、茶そばにか かった。別容器でつゆが付いている。面倒なので予めつゆをかけて しまってから、固まったそばをほぐしていたとき、私はふと、右側 の外国人の男に目がいった。彼はつゆに気づかないまま、そばをフ ォークに絡めようとしている。私はめずらしく彼に声をかけ、身振 り手振りを交えてそばの食べ方を教えた。すぐに彼は理解してくれ、 一口食べた後、うまそうに笑みを見せた。 食後、片づけが進む間、外国人の男との間に会話をもった。フィ ンランド人らしい。どうして日本へ? そう聞くと、彼は饒舌に話 し始めた。彼の一人娘が鹿児島の日本人の元に嫁いでいて、今回は その娘の出産に立ち会いに来たらしい。写真を見せてくれた。典型 的な日本の大家族の中に、彼ら親子が笑って並んでいる。その姿が あまりに自然で、私をほんの少し励ましてくれた。あとは、彼の義 理の息子への不平不満の嵐が始まった。私はその半分も理解できな かったが、黙って聞いていた。そのうち、機内の明かりが落とされ、 映画の上映が始まった。 薄闇の中から、彼がこう言ったのは理解できた。 「娘は幸せだ」 表情は見てとれない。 数秒間の沈黙があって、彼はこうつけ加えた。 「日本人はやさしいからね」 彼の優しげな笑顔が、私には気配で伝わってきた。それきり、彼 との会話は途切れた。 静かな闇の中で、私はゆっくりと眠りに落ちていく自分に気がつ いた。もう緊張はない。 なんとかなるさ。みんな、父親だ。 私はこれから、フィンランド人の彼女と結婚するため、彼女の両 親に挨拶へ行く。
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